保護してみたら超高額猫になった幸猫・縁
出会いはチーズパン
2016年のある夏の日、私は職場の駐車場で仕事前の腹ごしらえをしていました。
車内の暑さをしのぐためにドアを開け、チーズパンの袋を開けたと同時に「ニャー」と可愛い声が。声の主はキレイなブルーの瞳で私を…いえ、私の持っている『チーズパン』を見つめていました。
あげるべきか否か、悩む私をよそにその猫は初対面にも関わらず乗車し、助手席に座ったのです。当たり前のように助手席に座る彼女を見て私は自然にひとちぎり、おすそ分けをしていました。
それが『縁(えにし)』との出会いです。
女の子なのに『たぬきち』?
その猫はとても食いしん坊で人懐っこく、足元にスリスリしては食事の残りを分けてもらったり、さりげなくちょこんとそばに座ったり。見た目とぽっちゃり具合からなのか『たぬきち』とよばれ、従業員たちの癒しの存在になっていました。
しかし職場の責任者は大の猫嫌い。皆が猫を可愛がっていることがバレてしまいました。そしてなぜか私に白羽の矢が立ち、責任者から「(猫を)どうするの?」と問い詰められました。
当時、私はすでに猫を2匹飼っていました。2匹も3匹も同じだろうと言う人もいますが全然違います。同じなワケがありません。飼うには管理責任が伴います。
その猫の命を預かり、先住猫も合わせて3匹を終生飼養する管理能力が今の私にあるのか…すごく悩みましたが「これはきっと何かのご縁だ」と思い、連れて帰る覚悟をきめたとき、通称『たぬきち』に私は『縁(えにし)』と名付けました。
まさかの展開
2017年1月、縁は私の家族になりました。
初日は小型犬用のサークルで過ごしてもらい様子を見ることにしました。先住猫2匹は突然の来訪猫に興味津々。しかし縁は興味云々よりもとにかくサークルが嫌で「出せー!」としきりに床面を手でカキカキ。
このままではご飯も食べないだろうし、トイレもしないかもしれない。先住猫の好奇心が落ち着き、サークルから離れたのを確認してから出してみました。すぐにどこかに隠れてしまうかもしれない、ケンカし始めたらどうしよう…猫たちよりも私が緊張していたかもしれません。そんな私の不安は見事にハズレました。
ひととおり室内を探険した後は部屋全体が見渡せる場所でくつろぎ始めました。先住猫たちが近づくと「シャーッ!」と威嚇はしましたが取っ組み合いにはなりませんでした。先住猫たちが距離を置いてくれたのです。
それからはお互いベストな距離を保ちながら食事もトイレも問題なく、平穏な日常が続きました。
すべてが順調でうまくいっていると思っていた同年3月、思いもよらぬ事態になりました。
縁が急に食事も水も摂らなくなったのです。普段のフードとは別に猫缶や煮干しなど嗜好性の高いものを勧めても何も口にしなくなり、これはマズイと急いで動物病院に駆け込みました。
糖尿病でした。
しかもかなり状態が悪いらしく、覚悟も必要とのこと。私は縁の回復を祈ることしかできず、すべてを獣医師に託しました。なかなか状態が安定せず食べ物も水も口にしない日々が続く中、すっかり痩せてしまった縁は点滴だけで命をつないでいました。
毎日面会に行き、「大丈夫、必ず良くなるからね。元気になっておうちに帰ろう。兄ちゃんたちが待ってるよ」と声をかけつつも、私の顔は不安を隠せてはいなかったのでしょう。
私をじっと見つめる縁の目が今でも忘れられません。私は縁の目に『生』を感じました。縁は生きることを諦めていない。私も諦めてはいけない。
「病気を共に乗り越えていく覚悟を持つことも飼い主の責務だよ」
私には縁がそう言っている気がしたのです。
縁が退院するまで3週間ほどかかりました。
その後もたびたび調子を崩して入院することはありましたが、最初の入院よりは長引きませんでした。
入院が長引いたり回数が増えればおのずと治療費はかさみます。縁が自宅でインスリン注射をして血糖値をコントロールできる状態になるまでに数十万円かかりました。懐がいたい出費になったのは確かです。ですが元気になってまた家族で暮らせる日々を手に入れたと思えば痛みも笑い話に変えられました。
当時の話を友人や知人に話すと「猫にこんなにお金かけたの?!」と驚かれます。その度に私は「縁はウチに来たときはタダだったんだけど、2ヵ月後に超高額猫になったんだ。雑種だけどペットショップの猫より高い猫だよ(笑)」と返すんです。
糖尿病歴3年の今
縁が家に来てから3年が経過しました。何度か体調を崩しましたがいずれも大事には至らず、今も元気に過ごしています。
糖尿病になって大好きなご飯が食べられなかった日々のことを忘れてしまうくらい食いしん坊現役の縁。
糖尿病になってからは給餌量と時間、注射時間をなるべく同じ時間にするように指導を受けました。
はじめのうちは大変でした。体重管理のために計算した給餌量では満足できず、朝夕の食間に「ご飯くれニャー」と鳴きながら延々と私の後ろをついて歩き、ストーカー化したこともあります。
現在はストーカーまでにはなりませんが、基本的に食いしん坊なので小腹がすいたら無言で食器の前に座ってアピールしていることはたまにあります。しかも結構ねばります(笑)。
自宅でのインスリン注射について不安を感じていたのは私だけでした。縁は注射を打つ際も逃げたり暴れたりすることはなく、静かに座って注射を打たせてくれました。
注射のたびに「注射するよ。おいで」と声をかけていたら私のそばまで来るようになりました。声かけをしてから毎回同じ場所で注射を打っていたら、次第に声をかけるといつも注射をしている場所まで来るようになりました。
図らずも縁の生活リズムの中に『ご飯の後に呼ばれたら注射』の流れを自然に組み込めたことは幸いでした。今もその流れは変わっていません。
幸猫・縁
私が保護しなければ縁は糖尿病にならなかったのではないか。
そう思ったことが何度かありました。縁を診てくれている獣医師にその思いを話したときに返してくれた言葉があります。
「保護する前からすでに糖尿病予備軍で、あなただから発症しても大丈夫、縁はそう思ったんじゃないかな」
その言葉に心が軽くなったのを覚えています。ペットに持病があると安心して頼れる動物病院や獣医師は猫や飼い主にとって心強い存在です。縁は名前の由来である『ご縁』で、動物と飼い主の気持ちに寄り添ってくれる素晴らしい獣医師にめぐり合わせてくれました。
今も定期検査や飼育相談にのってもらっています。縁は私にとって『ご縁』を引き寄せてくれる幸猫です。
まとめ
10人の飼い主がいれば10個以上の出会いのエピソードがあると思います。『出会い』は数えきれないほどあり、何頭飼育するのかも人それぞれです。
終生飼養を念頭に、愛情を持って動物の命に向き合うことが大切なのはもちろんです。
「このコの家族になりたい」と思う出会いがあったときに、互いに最適な生活環境を整える能力が備わっているのであれば、出会う場所や方法は何であれ、その『出会い』は『ご縁』であり、おそらく動物から導かれたものなんだと私は思います。