メイと出会った日
出会い
職場であるボクシングスクールの、ジム横にある猫の額ほどのスペースでは、毎年5月になると土作りをして夏野菜を植えています。その日、苗植えをしていると、道と用水路を挟んだ向こう側の公園から力一杯鳴いている子猫の鳴き声が聞こえました。
姿が見えないので、鳴き声を頼りに近づいて行ってみると、生い茂ったクローバーの中に埋もれるようにして身を潜める、小さな黒猫を見つけました。私の突然の登場にびっくりして逃げるかな?と思ったそのとき、寄ってきて私のスニーカーにしがみついてきたのを、よく覚えています。
見渡してもお母さん猫や兄弟猫らしき影はありません。ただ、周りの桜の木の上では複数のカラスたちが、こちらを見下ろしてカアカア鳴きながら羽をバサつかせています。この子を狙っているようです。ここで私が立ち去ってしまったら…。
迷わず、黒い小さな子猫を手ですくい上げて、抱きかかえてジムに戻りました。
保護、その後
落ち着いてよくよく見ると、まだキトンブルーの綺麗な瞳、もふもふとしたうぶ毛の女の子の猫でした。
人を全く怖がりません。安心したのか緊張しているのか、あれだけ大きな声で鳴いていたミーミーも止んで、広いジムのフロアを、人からあまり離れずにウロウロ歩いて辺りを散策しています。
野良猫のお母さんとはぐれちゃたのかな?人慣れしているから、もともと人のそばで生まれて、誰かにここに連れて来られたのかな?
お家にたくさんの保護猫を飼われているお宅が公園横にあり、それを知っている人たちが、分かっていてそこのお宅の近くに猫を捨てていく、という話を聞いたことがあります。
子供の頃から私は動物は大好きで、犬、インコ、ハムスター、金魚にメダカ、常に動物がそばにいる暮らしをしていました。ただ、猫だけは、身近な猫といえば近所の野良猫くらいで、きちんと飼育した経験がありませんでした。
一先ずダンボールにフリース生地の布を敷いて寝床を作り、それ以外はこれからいろいろと買い揃えないといけません。
まずごはん。離乳しているのかどうかも分かりませんでしたが、コンビニで子猫用のウエットフードを買って与えると、ガツガツ食べてくれました。
その次に思い付いたのが、ずっとひとりで寂しい時間を過ごしていただろうと、小さなネズミのぬいぐるみを買いました。同じ大きさほどのネズミのぬいぐるみに寄り添って、しばらくすると、そのぬいぐるみに飛びかかったりかじったりして遊んでいる猫らしい姿を見たときは、初めて、この子の安全と安心を守ってあげられたような気がして、嬉しかったです。
一先ずは私の自宅で預かろうと、段ボールごと抱えて車に乗せて帰宅しました。
命を救うのに理由なんていらない
食べたら出る。当たり前です。お腹いっぱいウエットフードを食べた子猫は、段ボールの中でウンチを…そうだよ!トイレ買わなきゃだよ!ごはんの次はぬいぐるみじゃなくて、トイレだよ!!猫飼育未経験者あるある、かもしれません。
ぬるま湯タオルで身体を拭いて、段ボールの中を掃除して、子猫を部屋に置いて、近所のショッピングセンターに猫トイレを買いに行きました。
これからどうしようと頭の中で自問自答しながら、駐車場で停められる場所を探していて、広告ボード(ポスターがスライドしてどんどん変わるタイプ)の前を通過しようとしたとき、ちょうど某医師団のポスターに切り替わって、そこに記されていた言葉は
『命を救うのに理由なんていらない』
名付け
猫用トイレは、どこで覚えたのか本能なのか、小さな身体で猫砂をカキカキ、きちんとおしっこもウンチも出来ました。
この夜、当時中学生と高校生だった息子たちと子猫の名前を考えました。
出会いが5月=MAYであること、そして襲ってくるカラスも撃退できるほど強くたくましい子に育ってほしいという願いを込めて、プロボクサーのメイウェザーからもらって(女の子なんですけど)"メイ"と名付けました。
メイはまるでずっと前からわが家にいたように、一等席のソファーでくつろぎ、息子たちと遊んで一緒に眠り、食事中も家族がごはんを食べている横に、ちょこんと座って団らんに参加していました。
次の日、健康診断や検査をしてもらうため動物病院に連れて行きました。
生後1ヵ月から1ヵ月半ほどらしく、猫エイズや猫白血病など、検査は全て陰性でした。
里親さん探し
次の日からメイの里親さん探しが始まりました。
『クローバー畑にいたラッキー猫ちゃん』、メイの写真と四つ葉のクローバーのイラストを添えて、ボクシングスクールの代表がチラシを作ってくれたりしました。
自宅と職場を一緒に行き来していたので、スクールの会員さんたちにも可愛がってもらいましたが、里親となると、なかなか住宅事情や条件が整わず簡単には見つかりません。
保護から10日ほど経ったある日、練習に来られたある会員さんが「ダメもとですが家族会議を開いてみようかと考えています」と、代表に申し出てくださったそうです。
代表から「里親さんまだ見つかってないですよね?」と確認の連絡が私に入った瞬間、口から出た言葉は「すみません、さっき決まったところなんです」。
家族になる
その日から、メイはわが家の正式な家族になりました。
というよりも、優しい里親さんが見つかることを願って、それまでしっかり責任を持って育てなくては!と毎日を過ごしているうちに、いつしかメイは私たちの大切な家族になっていました。
現在
この春で、あの日から8年が経ちます。メイは、今まで大きな病気知らずの親孝行猫。以前よりも走り回ったり暴れたりする時間が少なくなり、寝ている時間が増えたような気がしますが、お気に入りの場所で毎日をのんびりと穏やかに過ごしています。
あの日あの小さな身体で力一杯鳴いていたのは、きっと私を呼んでいたんだと、私は勝手にそう確信しています。
まとめ
猫の保護活動をしたみたいと思う気持ちがあっても、責任の重さや大きさ、大変さを考えると、なかなか行動につなげる覚悟が決まらないかもしれません。
ですが、目の前に突然現れた縁ある命に対して、勇気を出して救う行動を起こしてみることで、その先の自分の暮らしや未来があたたかで優しいものに変わることもあります。
小さな勇気が小さな命を救って、そんな小さな行動が集まって、いつかすべての人と猫が幸せに共存できる世界になったらいいなと思っています。