猫が亡くなる前にとる行動
猫は、人間よりも早く天国へと旅立ってしまいます。悲しいことですが、猫と暮らすということは、看取りを含めてお世話をするということなのです。さて、皆様は猫が亡くなる直前に姿を隠すという現象を耳にしたことはないでしょうか?もし、そのような行動をとるとしたら、なぜなのでしょう。
またこの通説以外にも、猫はお別れの時が近いと感じると不思議な行動をとることがあります。ここでは、死期を悟った猫がとる行動について紹介させていただきます。
1.いつも以上に甘える
猫の甘え方には個性があります。日頃からよく甘える猫もいれば、それほど甘える素振りを見せない猫もいます。ところが、不思議と亡くなる直前になるといつも以上に甘えます。死が近いということは、体が弱り、とても危険な状況にいるはずです。警戒心が強い猫がとる行動としては、いささか不自然なように思えるものです。そのような危機的状況の中でも甘えるということは、飼い主さんが心から安心できる存在だということです。
これは、長年ともに暮らす中で積み重ねてきた絆がそうさせてくれるのでしょう。高齢の猫、若しくは闘病中の猫が、違和感を感じるほど甘えてきたときは、そっと寄り添って気持ちに応えてあげてください。
2.突然元気になる
つい先程まで全く動けず、食事もとれないほど衰弱していた猫が嘘のように元気になることがあります。これは一見、快方に向かう兆しのように思うでしょう。しかし、残念なことにこれがお別れに向かう前兆となることが多いのです。なぜ、このような現象が起こるのかは解明されていません。
ただ、大好きな飼い主さんと過ごす最期の時には、穏やかに過ごせる時間を残してくれているのかもしれません。また、この貴重な時を大切にしながらも心の準備をする機会が与えられているのでしょう。辛いかもしれませんが、本当に最期の思い出を作るために、できるだけ笑顔でいてあげてください。
3.身を隠せる場所を探す
冒頭でも触れましたが、猫は死期が近づくと隠れようとします。この行動も、まだ科学的に解明されておらす、事の真意は猫にしか分かりません。ただし、いくつかの仮説が存在します。それは、次のようなものです。
- 外敵から身を守るため
- 静養場所を探すため
- 身を潜め、回復を待つためなど
本来、猫は絶対に弱った姿を見せることはありません。野生の世界では、衰弱した姿を見せることで外敵から襲われてしまう危険性があるからです。完全室内飼育で育ってきた猫にも、野生の本能が備わっています。このまま動けなくなるかもしれないと感じたら、動けるうちに安全な場所に避難しようとしているのかもしれません。そしてその場所でじっと耐え、回復を待っているということが有力な説として挙げられます。
また、そもそも猫は死に場所を求めているのではなく、回復するための場所を求めているという説も存在します。いずれにしても、飼い猫がこのような行動をとる場合は本能的な行動といえるでしょう。飼い主さんから離れることを望んでいるのではありません。
4.鳴く
もう、声をあげることすらできないはずの猫が突然鳴くと、お別れの合図です。これは突然元気になる現象と似ていますが、最期の最期に声を出せる瞬間が訪れるのです。高齢で認知症を患った猫は、よく鳴くようになるため分かりにくいかもしれません。でも、長年お世話をしてきた飼い主さんであれば気づける可能性があります。猫の鳴き方が普段とは違うと感じたら、様子を見に行くようにしてください。
もしかしたら、これまでのお礼を言ってくれているのかもしれません。鳴き方には様々なものがあります。大声で鳴く猫もいれば、何かを語るように鳴く猫もいます。もし、この場に立ち会うことができたなら、耳を傾け、こちらからも声をかけてあげましょう。
5.涙を流す、若しくは目に涙を浮かべる
これは息を引き取る寸前に見せる行動です。何かを訴えるように鳴いた後、人間のように目に涙を浮かべて最後の瞬間を迎えます。なぜ涙を流すのかは分かりませんが、人間も亡くなる直前には涙を流すといわれています。何か共通することがあるのかもしれません。
この光景は、経験すると目に焼き付き離れなくなるでしょう。思い出すと複雑な心境になるかもしれませんが、心から信頼する、大切な相手にしか見せない姿として覚えておいてあげてください。
「猫が死に場所を求める」はもう古い!?
一昔前は「猫は死に場所を求める」と、身を潜める理由として一般化されてきました。そして、亡くなる姿を人には見られたくないと信じられてきました。しかし先の項目にもあるように、これは本能的な行動であることが有力視されはじめています。つまり、猫は看取られたくないのではありません。最期の力を振り絞り、我々に訴えかけてくるということは何か伝えたいことがあるのでしょう。だから、猫が亡くなる前にどこかに隠れてしまったら探してあげましょう。
また、看取れる環境にいる場合はそばにいてあげてください。普段以上に甘えたり、回復したかのような時間を活かしてスキンシップを求めてくるということは、飼い主さんと過ごすことを望んでいる証です。そして、これが最後の愛情表現になるでしょう。精一杯受け止めてあげてください。
看取りの環境と最期の迎え方について
最期の時を過ごす空間は、我が家が良いと望むかもしれません。それが可能な場合もあれば、病院で最期を迎える場合もあります。最愛の存在が亡くなるということは、必ず後悔が残るものです。自宅で亡くなると死因が分からないこともあり、 早く病院に連れていくべきだったのではと心残りになるかもしれません。そして、それは逆の場合も然りなのです。最期くらいは我が家につれて帰ってあげたかったと思うと、辛くなるものです。
しかし猫にとっては、外敵に襲われる心配のない環境で最期を迎えることができることが何よりも安心して旅立てる環境といえるでしょう。飼い主さんが愛猫のことを想って選んだ環境であれば尚更です。だから、自分を責めないでください。猫が最も悲しいことは、おそらく飼い主さんが自責の念に駆られてしまうことでしょう。また、飼い主さんが愛猫の最期に立ち会えなかった場合も同様です。猫はそのことを悔やんだり、恨んだりはしないでしょう。永遠のお別れは慣れることもなければ、後悔が全くないということもないと思います。だから辛くてたまらないものなのです。
それでも時は容赦なく進んでいきます。悔いのない別れや、忘れることは不可能ですが、出会えたことに感謝することは忘れずにいてあげましょう。これが、本当の意味での看取りといえるのではないでしょうか。
まとめ
猫と過ごす最期の時を「エンジェルタイム」と表現している方がいらっしゃいます。この残された僅かな時間には、理屈では説明できない不思議なことが起こることが往々にしてあります。まさにエンジェルタイムという言葉がしっくりくるものです。筆者も過去に2匹の愛猫の別れを経験しました。
1匹目は、まだ幼い子猫でした。この猫は筆者の弟にとてもよく懐いていました。そして最期の瞬間は、弟の腕の中で何かを語るように、目にたくさんの涙を浮かべて旅立ちました。2匹目の猫は、腫瘍で声すら出せない状況にいる中、別れの間際にはやはり何かを語り、最期に「ニャー」と長く鳴き声をあげていました。そして、亡くなった日はとても穏やかに過ごすことができました。この出来事は、今でも忘れることなく覚えています。当時の光景を思い出すと、今でも涙が頬を伝います。それほど悲しい瞬間です。
最期の時は色々なことがあるでしょう。その瞬間は辛くても、愛猫は、飼い主さんが笑顔を取り戻してくれることを望んでいると思います。ここで紹介させていただいた行動も、おそらく思い返すと悲しくなるでしょう。それでも敢えて取り上げさせていただいた理由は、気づけなかったほうが余程辛いからです。お別れの挨拶に間に合わなかったとしても、それ以前の状況で必ず最期を過ごす機会があるはずです。その行動に気づき、受け止めてあげてください。