1.猫は液体である!

「イグ・ノーベル賞」は、本家・ノーベル賞のパロディ版とも言うべき賞で、ナンセンスでシュールな問題を生真面目なまでに研究、解明する点が最大の特徴です。
「猫は液体である」という巷でささやかれていた説を、流動学(レオロジー)を駆使して、科学的に説明したのが、パリ・ディドロ大学のマーク・アントワン・ファルダン氏です。2017年にイグ・ノーベル物理学賞を受賞しました。
液体を改めて定義すると、一定の体積を持ちながらも、入れ物に合わせて形が変わることです。猫もまた、固形でありながら、透明ボウルやお鍋、紙袋など、好みのスペースに応じて、身体を自在に変容させます。
定義通り従えば、猫だって液体じゃないか―というのが、ファルダン氏の主張です。
ちなみに、猫の身体がどんな液体でできているかについては、いまだに特定できていません。
もしかすると、たとえば、白猫は黒蜜、黒猫は練乳、キジトラに至ってはかき氷のメロンシロップといった具合に、甘い液体がたぷたぷに詰まっているかもしれません。いずれにしても、私たち人間はカブトムシやクワガタのように、その独特の甘さに吸い寄せられていくだけです。
真の科学的な解明は、今後の研究に譲るとしましょう。
2.人は猫の「ニャー!」を聞き分けられるか?

続いては、2021年にイグ・ノーベル生物学賞を受賞した、スウェーデン・ルンド大学のシュルツ博士による「猫語の研究」です。
「人は猫の鳴き声を聞き分けられるか?」をテーマにした彼女の研究では、猫の鳴き声の音量や周波数などのデータを収集し、分析した末、状況によって猫が鳴き方を変えていることを突き止めました。
別の実験では、こんな結果も出ています。
「ゴハン待ち」、「慣れない場所へのキャリー移動中」、「飼い主によるブラッシング時」という3つのシーン別に録音した猫の鳴き声を被験者に聞かせ、どんな場面で鳴いているのか、質問しました。
実験後、猫飼い経験者のほうが、そうでない人よりも鳴き声の違いをある程度聞き分けられることが判明した、と言います。
猫は、飼い主さんを「大きな猫」として認識している説もあり、飼い主さんの小ぶりな耳も、アフリカゾウの耳のように巨大に見えているのかもしれません。ただ大きいだけでなく、感度も抜群、といったところでしょうか。
シュルツ博士の研究は、状況別に鳴き声を変える猫の繊細さはもちろん、愛猫のニーズを満たすうえで、飼い主さんの絶妙な聞き分けがいかに大事であるか、端的に示唆しています。
3.猫のキーボードお散歩をどう防ぐか?

最後は、相当にニッチなイグノーベル賞の例を紹介しましょう。
テーマは、「猫のキーボードお散歩をどう防ぐか?」です。
猫がキーボードのうえを歩くと、でたらめな文字や記号がPC画面いっぱいに並びます。おそらく、猫の飼い主さんであれば、一度は「ポー打ち被害(猫の脚は英語でpaw)」に遭ったことがあるかもしれません。
アメリカのクリス・ニスワンダー氏は、世界共通の悩みであるこの問題を解決すべく、研究分析の結果、画期的なソフトウェアを開発しました。
猫のキーボードお散歩による、めちゃくちゃな文字入力パターンが検知されると、自動的にキーボードがロックされる、というソフトウェアです。さらに、猫がキーボードに近づいたら、思わず避けてしまうような不快に感じる音も鳴るしくみになっています。
私たちの「ポー打ち被害」には、単に支離滅裂な文字入力だけでなく、重要ファイルの削除などの決して笑えない損失も含まれています。彼の手がけたソフトウェアは、まさに世界中の猫飼いさんを窮地から救うアイデアと言えます。
この功績により、ニスワンダー氏は、2000年にイグ・ノーベル計算機科学賞を贈られています。
もし日本語版があれば、トイレ休憩の間に、「○○様。いつもお世話になっております。;がえcっヴぇのkzべlhjdvんgnおpr@、。おtts;fぽ」という意味不明メールが、大事な取引先に送信される悲劇も避けられるかもしれません。
まとめ

「イグ・ノーベル賞」の核心は、誰も研究しないようなちょっとしたテーマを、いかに真剣に深く掘り下げていくか、にあります。その先には、シュールで思わず笑ってしまう世界が広がっています。
今回は、猫にまつわる受賞歴のなかで、3つの研究に絞って紹介しました。
本文を読んで、持ち前の研究心に火がつき、猫をテーマにした「イグ・ノーベル賞」を目指そう!と意欲を燃やす人が少なくとも、2、3人いたら、これほどうれしいことはありません。
たとえそうでなくても、最後まで投げ出さず読んでいただいて、ありがとうございます。