猫にも『恥ずかしい』という感覚はある?失敗をゴマかす行動に見られる、本当の理由

猫にも『恥ずかしい』という感覚はある?失敗をゴマかす行動に見られる、本当の理由

「聞かぬは一生の恥」といったことわざにもあるように、私たち人間にとって羞恥心はとても身近な感情です。ところで、猫たちにも同じ気持ちがあるのでしょうか?今回は、失敗時によく見られる行動を通して、その問題について考察します。ぜひ最後まで読んでみてください。

猫の辞書に「恥ずかしい」はない

山盛りのフードと猫

結論から言うと、猫に「恥ずかしい」と思う気持ちはありません。

「恥」の概念は、社会的動物である私たち人間特有の感情で、猫だけでなく、基本的に他の動物も持ち合わせていないものです。

たとえば、猫の場合は、山盛りの美味しいフードを出されると、「うめぇ!うめぇ!」と大喜びして、ときに器の外へ荒々しくOBしながら、ガツガツと食らいつきます。まわりの目を気にする配慮や気後れは一切なしです。

一方、人間の場合は、本音では、ローストビーフ丼のピラミッド盛りを食べたいのに、「大メシ食らいと思われたくない…」とつい恥ずかしさが先に立ち、サーモン&アボカドのオシャレなポキボウルを注文してしまいます。

猫は大昔から単独の狩りによって命をつないできた動物です。重要なのは、周囲との連携ではなく、自分の力で獲物をしとめるかどうか。逆に人間は、生存率を高めるため、仲間と協力しながら、狩猟採集、田畑の耕作などを通じ、土地の恵みを糧にしてきました。

つまり、人間が生き残るためには、まわりと良好な関係を築くうえで、集団内における他者からの評価(眼差し)が不可欠である、ということです。現在の私たちもまた、その傾向を引き継いでいます。

この観点から、生存戦略上、単独行動(猫)、協働(人間)、というライフスタイルの根本的な違いが、「恥ずかしい」という感情の有無を分けている、とも説明できます。

失敗や気まずさは「転位行動」でチャラに

ソファーで毛づくろいする猫

前述した通り、猫には「恥ずかしい」という感情はありません。ただ、人間の目からすると、恥ずかしがっているような行動もしばしば確認できます。

最も典型的なのが、何がしかの失敗をやらかした直後の毛づくろいです。

たとえば、キャットタワーでお昼寝中、寝相を変えたとたん、バランスを崩してステップから落下すると、猫はとっさに毛づくろいを始めます。

飼い主さんには「落っこちて、恥ずかしがっている…」ようにも見えますが、実は、落下時の動揺を毛づくろいによってなだめているだけです。

この行動は「転位行動」と呼ばれ、猫を含めた哺乳類、鳥類、魚類にも共通して見られるものです。猫の「転位行動」には、毛づくろいだけでなく、爪研ぎやあくびも含まれています。

以上、述べてきたように、猫は、恥ずかしさを感じる代わりに、「転位行動」を通じて、失敗や気まずさ(動揺、葛藤)をチャラにします。

私たち人間でたとえるなら、路上のちょっとした段差に転んだとき、頭をポリポリと掻きつつ、何事もなかったかのようにその場を立ち去る――そんな行動に近いかもしれません。

転んだ衝撃で蜘蛛の巣状に割れたスマホ画面も、猫の毛づくろいのように簡単に帳消しにできたら良いのですが…。

猫は反省しない、今がいちばん大事

飛びかかるベンガル

最後に、少しテーマからは逸れますが、猫は失敗をどうとらえるか、について触れておきましょう。

人間の場合、すり傷程度の失敗なら、お気に入りの音楽を聴きながら、好物のスイーツを食べさえすれば何となく忘れられます。しかし、人生の根幹に関わる失敗だと、そうもいきません。場合によっては、数ヵ月単位で落ち込み続けることもあります。

一方で、もともと狩猟を信条とする猫の暮らしは、失敗がつきものです。狩りの成功率は約1割程度に留まると言われています。

人間のように、獲物を逃がすたびにショックを受け、ああでもないこうでもない、と反省していたら、猫が過酷なサバイバルを生き抜くことは不可能です。

猫が大事にするのは、滝に打たれながら、過去の失敗を猛省し、今後につなげることではありません。「今」に集中することです。その一貫した姿勢があるからこそ、不意に訪れた目の前のチャンス(獲物)をつかみ取る確率も高まります。

反省しない猫の潔い態度は、人間にはとてもマネできない「行動哲学」です。私たちにできるのはせいぜい、誘惑の手にいともたやすくからめ取られ、かつての痛恨事を思い出しては、人知れず赤面することだけかもしれません。

まとめ

顔を隠して眠る子猫

本文でも明らかにしたように、猫には「恥ずかしい気持ち」など一切ありません。たとえば、ジャンプの着地失敗で見られる、失敗を取りつくろうような行動は、単にさざ波立った自分の気持ちを慰めているだけです(転位行動)。

恥じぬ、反省せぬ、今に集中する―猫の真摯な態度は、何だか武術の達人のようで、失敗のたびに頭を抱えがちな私たちにはうらやましい限りです。

日々、猫から教えられる無言のレッスンは、愛猫家の特権かもしれません。これからも良いところはどんどん吸収して、猫のように目の前のことに集中する人になってみてください。

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