細菌を利用して病気を治療する「バクテリアセラピー」
2021年10月19日、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部の研究チームは学術誌サイト「eLife」で、「健康な猫が持つ細菌を使ってマウスの皮膚感染症の治療に成功した」ことを発表しました。
本研究は、同校の高名な教授であり皮膚科部長でもあるリチャード・L・ギャロ博士が主導したもの。
同研究チームは、主に細菌や細菌製剤を用いて病気を治療する「バクテリアセラピー」の研究を行っています。
善玉菌と健康な皮膚の関係性
皮膚上には何百もの細菌が存在し、皮膚の健康や免疫において重要な役割を担っています。
そのため動物は皮膚を病原菌などから守るべく、健康な皮膚の多様な細菌バランスを維持しなければなりません。
ギャロ博士によると、「健康な皮膚はこれらの善玉細菌に依存しており、これらの細菌もまた生存するために健康な皮膚を必要としている」とのこと。
こうした善玉細菌の中には、悪玉細菌から皮膚を守ってくれるものもあります。
その一方、悪玉細菌は宿主が病気になると、免疫の弱った状態を利用して感染症を引き起こしたりするそうです。
ペットの皮膚炎を引き起こすやっかいな病原菌
メチシリン耐性「Staphylococcus pseudintermedius(MRSP)」は、こうした悪玉細菌の代表的存在。
主に犬や猫などのペットに見られ、病気になったり怪我をした際に感染症を引き起こします。
また、「MRSP」は新種の病原菌で、動物間で伝染して重度のアトピー性皮膚炎や湿疹を引き起こすことがあります。
人間で発症することもあるものの、その発症率は地域によってまちまちです。
名前が示す通り、メチシリンをはじめとする一般的な抗生物質に耐性があるため、治療が困難な細菌とされてきました。
「MRSP」に対し強力な殺傷能力を発揮する猫の細菌
こうした問題に対処するため研究チームは、犬や猫が通常持っている細菌を選別して、これらをMRSPの存在下で増殖させました。
すると、これらの細菌のうち「Staphylococcus felis (S. felis)」という、猫で通常見られる細菌のひとつがMRSPの増殖を阻ぐ能力が最も高かったのです。
また「S. felis」は、MRSPの細胞壁を破壊して無毒性ラジカルを多く生成することにより、MRSPを死滅させる複数の抗生物質を作り出すことが明らかになりました。
ギャロ博士によると、「S. felis」による病原菌の殺傷能力は非常に強力だそうです。
細菌は1つの抗生物質に対して容易に耐性を獲得しますが、「S. felis」は4種の抗菌ペプチドをコードする遺伝子を持っているため4種の抗生物質を生成することができます。
これら4種の抗生物質はそれぞれ単独でMRSPを死滅させることができますが、4種が同時にMRSPを攻撃することによりMRSPはこれに反撃するのがより難しくなります。
マウスを使っての検証
次に研究チームはマウスを使い、「S. felis」により皮膚炎を治療できるかどうかを検証しました。
マウスを最も一般的な病原菌にさらし、「S. felis」の細菌または細菌抽出物を同じ部位に塗布しました。
すると、まったく処置をしなかったマウスと比べ処置をしたマウスでは、細菌または細菌抽出物のどちらでも皮膚炎の症状が軽くなっていきました。
また「S. felis」により処置した患部では、MRSPの生菌数が減少していたそうです。
今後は犬などを対象に「S. felis」の有効性を検証する臨床試験を経て、さらに実用化が進められることになります。
皮膚炎を患うペットの救世主となるこの新薬、実用化されるのが待ち遠しいですね。