動物の再生医療に使われる「幹細胞」のお話
5月に日本獣医再生医療学会第17回年次大会がハイブリッドで開催されていました。
研究者として、オンライン登録をして、様々な講演を聞きました。動物の再生医療は、ようやく始まったところで、従事されている先生方はご苦労されているのではないだろうかと、感じました。
私達飼い主も、動物の再生医療のことをしっかりと理解していく必要があると思いました。
そこで、ヒトの幹細胞を研究してきた立場として、なにか情報をご紹介できたらと思い、今回は、再生医療に使われている幹細胞のお話をさせていただこうと思います。
間葉系幹細胞とはどんな細胞?
ちょうど山中先生がヒトiPS細胞を発表された直後に、私は、それまで勤めていた私立大学から、公的研究所に移りました。所内では、iPS細胞の研究についてどんな研究をすべきか、毎日のように会議が行われていました。
ですが、すぐにはiPS細胞を使って研究することはできませんでした。多くの研究者達が、iPS細胞を使いたいと申し出たために、iPS細胞を使わせていただくための書類の手続きがなかなか進まなかったからです。
一方で、ES細胞やiPS細胞とは別の幹細胞である間葉系幹細胞の研究も注目されていました。間葉系幹細胞は、骨髄に多くあります。歯科の領域では、顎の骨や歯ぐきの骨が欠損したところに骨髄を入れる治療法がすでにありました。
iPS細胞は、いろんな細胞になることができる(分化)けれど、その分、コントロールが大変であると想像できました。ですから、iPS細胞を待っている一方で、間葉系幹細胞の研究も行っていました。
▲実験室で細胞を扱っている筆者。まだ、この頃は白髪がありませんでした。その後、あっという間に白髪が増えていきました
その当時、研究室を異動したばかりで、一緒に研究してくれるメンバーもいませんでした。年に2度ほど特別講義を行うために母校を訪れた際に、教授をしている同級生にその状況を話していました。
すると同級生は、学生に研究所での最新の研究を学ばせたいからと言って、研究に参加してくれる学生さんを私に託してくれました。
▲母校に講義に行った際に見かけた黒猫
その学生さんに、間葉系幹細胞の研究をお願いしていました。とても優秀でした。加えて、研究熱心で、ほとんどの時間を研究室で過ごしていました。
ただ、あまりに研究室にいたためか、その後に入ってきた博士研究者と仲良くなってしまいました。同級生から預かっていた大切な学生さんなので、何かトラブルがあったらどうしようと、ハラハラしていました。
ラボに二人だけになっていたりするのを見かけると、ディスカッションするふりをして見守っていたりしました。まあ、でも、二人の邪魔をしていただけですね。二人は結婚したので、ほっとしています。
間葉系幹細胞は、1960年代に、フリーデンシュタイン博士というロシア人の研究者によって提唱された細胞だそうです。私達の体の中にある細胞で、ES細胞やiPS細胞のように万能ではありませんが、骨、軟骨、脂肪等になることができます[1,2]。
この当時は骨髄にあることしかわかっていませんでしたが、今では、脂肪、胎盤、臍帯、歯髄、滑膜など様々な組織にあることがわかってきています。
細胞そのものが移植されて生着するだけでなく、様々な因子を分泌して、炎症を抑えたり、血管を作るのを促進したり、酸化や線維化を抑えたりする効果があることがわかってきています。
また、免疫細胞に攻撃されにくいだけでなく、免疫を抑制する効果があることもわかってきています[3]。
動物の再生医療に使われている幹細胞の種類
現在、動物の再生医療に使われている主な細胞は、間葉系幹細胞のようです。
DSファーマアニマルヘルス株式会社から販売されている犬の動物用再生医療製品「ステムキュア®」は脂肪の間葉系幹細胞が使われています[4]。動物再生医療技術組合でも、脂肪由来の間葉系幹細胞が使用されているようです。
同じ間葉系幹細胞でも、その由来によって、少しずつ性格が異なることが、ヒトやねずみ(マウス、ラット)の研究でわかっています。
そうなると、たぶん、ワンちゃんや猫ちゃんでも、その由来によって、きっと細胞の性格が違いそうですよね。
そこで、論文を調べてみました。
「動物医療における幹細胞」という2020年の総説がありましたので、読んでみました [5]。
間葉系幹細胞による治療が、獣医の分野でも知られるようなってきています。その背景には、様々な動物における治療法の限界があるようです。
間葉系幹細胞は、整形外科疾患、口腔、消化管、肝臓、腎臓、心臓、呼吸器、神経筋、皮膚、嗅覚、生殖器など、多くの動物の多くの病気に対する治療のオプションとなる可能性があると期待されているようです。
間葉系幹細胞の研究は、まだ十分ではありませんが、近年、安全で効果的であることが研究でわかってきています。特に犬や馬の整形外科の病気に、間葉系幹細胞による治療成果があがっているそうです。
他の病気の治療においても、間葉系幹細胞による治療が進んでいます。
「このような良い研究結果は、様々な動物の病気に間葉系幹細胞による治療の可能性があることを示していますが、まだまだ多くの問題に対処する必要があります。」と、まとめてありました。
ワンちゃんや猫ちゃんだけでなく、馬などでも、間葉系幹細胞を使った治療は、注目されているようです。
この論文では、どこから採取した間葉系幹細胞かによって、性格が違うということもまとめてありました。
ワンちゃんでは、脂肪にある間葉系幹細胞の方が、細胞がよく増えるようです。ただ、骨髄にある間葉系幹細胞の方が、再生医療に有効と思われる成分が多く含まれるようです。
ですが、脂肪にある間葉系幹細胞の方が、軟骨や骨になりやすいという報告があります。脂肪にある間葉系幹細胞の方が良さそうに思えますが、皮膚の下にある皮下脂肪と、内臓脂肪とでも違うようです。
皮下脂肪の方が、いろいろな細胞に分化する能力が高いという報告もあるようです [5] 。
なんだか難しくて、よくわからないですね。猫ちゃんとヒトの脂肪由来の間葉系幹細胞の性格が似ている、という論文もありました[6]。
まとめ
ヒトにおける治療もそうですが、新しい治療法なので、まだ、たくさんの研究が必要のようです。早く研究が進んで、多くの動物の治療法が開発されることを願いたいですね。
治療法の開発は、研究者だけではなく、飼い主の皆さんが理解をしていくことも大事です。皆さんと一緒に、こういった治療法の研究を理解して、応援できればと思います。
参考論文
[1] Friedenstein AJ, Piatetzky-Shapiro II, Petrakova KV. Osteogenesis in transplants of bone marrow cells. J Embryol Exp Morphol. 1966;16:381-90.
[2] Boris V. Afanasyev, Elena Elstner, Axel R. Zander. A .J. Friedenstein, founder of the mesenchymal stem cell concept. Cellular Therapy and Transplantation 2009; 1:35-38. doi 10.3205/ctt-2009-en-000029.01
[3] 再生医療学会 再生医療PORTAL “間葉系幹細胞の利用価値”
https://saiseiiryo.jp/basic/detail/basic_mesenchymal.html
[4] DSファーマアニマルヘルス株式会社 プレスリリース
https://ah.sumitomo-pharma.co.jp/pdf/20210322_press.pdf
[5] Voga M, Adamic N, Vengust M, Majdic G. Stem Cells in Veterinary Medicine-Current State and Treatment Options. Front Vet Sci. 2020 May 29;7:278. doi: 10.3389/fvets.2020.00278. PMID: 32656249; PMCID: PMC7326035.
[6] Clark KC, Fierro FA, Ko EM, Walker NJ, Arzi B, Tepper CG, Dahlenburg H, Cicchetto A, Kol A, Marsh L, Murphy WJ, Fazel N, Borjesson DL. Human and feline adipose-derived mesenchymal stem cells have comparable phenotype, immunomodulatory functions, and transcriptome. Stem Cell Res Ther. 2017 Mar 20;8(1):69. doi: 10.1186/s13287-017-0528-z. PMID: 28320483; PMCID: PMC5360077.
幹細胞研究者としてヒトES/iPS細胞や間葉系幹細胞の研究やビジネス化に従事。2022年1月からベンチャー企業・株式会社セルミミックの代表として、ライフサイエンスからライフスタイルまでのコーディネートおよびコンサルタントを行う。著書「本当に知ってる? 細胞を培養する方法(出版社 : じほう)」
《twitter》@mihofurue