2011年(平成23年)3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災は、東北地方を中心として日本各地に甚大な被害をもたらした。私たちの心に深い爪痕を残した震災は、今なお人間だけでなく猫にも大きな影響を与え続けている。
今回、猫とともに東日本大震災を経験した3名の飼い主の方々に、その被災体験についてお話を聞くことができた。そこには、飼い主が猫のために試行錯誤しながら奮闘する姿と、震災が猫に与えた変化がありありと浮き彫りになっている。
今、猫と暮らしている人、またこれから猫を迎えようとしている人は、震災を通してどのような心構えと準備をすればよいのだろうか?
福島で被災した猫……怖がるようになったある「音」
ペットと避難所に入れず、自宅や車で過ごす人も
福島県郡山市に実家がある大野まゆ子さん(仮名)は、他県で地震発生を知った。すぐに実家へ戻ろうとしたが、公共交通機関がストップしていたため断念。しばらくしてから、ようやく戻ることができたという。
「実家にいる猫たちは、地震で家具が倒れて部屋の入り口が塞がれてしまったため、2日くらい出てこれなかったそうです。避難所に行くことも考えましたが、どこもペットは入ることができなかったので自宅にいました。当時、ペットと家に留まったり、車中で過ごしたりする人が多かったと思います。」と、当時の様子を振り返る。
災害時に役立つ「ローリングストック」
また、交通網が麻痺することでペットに必要な物資が手に入りにくい状態になったそうだ。
「ペット用品の支援は無かったので、何とか確保しなければと必死に探し回りました。震災後は、猫が食べ慣れているご飯やいつも使うものはローリングストック(※)をしています。」と語る大野さん。日常生活のルーティンに防災対策を組み込むと、物資だけでなく心に余裕を生むことにも繋がりそうだ。
※ローリングストックとは、日常使用しているものを少し多めに蓄え、使った分だけ補充していくことで、常に一定量を備蓄する方法のこと
地震速報の音がフラッシュバックの引き金に?
震災後、猫たちは「携帯電話やテレビから地震速報の音が流れると、そわそわと落ち着かなくなる」という。警報音を聞くことで、激しい揺れと部屋に閉じ込められた当時の記憶がよみがえるのかもしれない。
地震を予知?足に障害のある猫がとった行動
「ちびが走った!」直後に地震発生
東京で被災し、現在はWEBデザイナーやライター、占い師として活動するうみのるりさん(ペンネーム)。当時、長男は独立し別居、うみのさんは都内の会社に出勤。次男と愛猫のちびちゃんは家に、三男は保育園にいた。
自宅に電話すると、次男とちびちゃんは、ひとつの部屋に集まって安全を確保できていることがわかった。三男を預けている保育園にも連絡をし、無事を確認。電車は止まっていて、帰る方法を模索しながら次男とはSNSアプリで連絡を取り合った。
ちびちゃん/画像提供:うみのるりさん
るりさんが「ちびは大丈夫だった?」と次男に尋ねると、愛猫が不思議な行動をとっていたことがわかった。
「ちびは、保護当時からしっぽと左足が麻痺した状態で、普段から走ることはほぼありませんでした。でも、地震が来る直前、ちびが次男の部屋に走って来てこたつの中に隠れたそうです。ちびが走った! と思った次の瞬間、地震が来たと言っていました」と、地震を予知したかのような愛猫の挙動に驚いたという。
ちびちゃん/画像提供:うみのるりさん
その後、激しい地震の揺れで、こたつの近くにある大きな本棚から何冊かの本が落ちた。「ちびが潰れてしまう!」と思った次男は、とっさに本棚を押さえたそうだ。
しばらく余震が続いたが、「ちびの様子を見ると(地震が)来るなとわかった」という。1時間くらいすると「ちびがリラックスした様子になったので、これ以上、ひどくならないだろうと思った」と、るりさんに明かしている。
地震がおさまったタイミングで次男は三男を迎えに行き、るりさんが帰宅できたのは地震発生から約12時間後、すでに日付は変わって深夜3時近くになっていたそうだ。
ちびちゃん/画像提供:うみのるりさん
家族を癒し、旅立った愛猫
るりさんは、この被災体験がきっかけで、自宅から近い会社に転職。すると、ちびちゃんに変化が見られたそうだ。
「私が家にいる時間が増えると、ちびはそばを離れなくなりました。地震が怖かった、という理由だけではないなと思っていて。地震の後、私はテレビで津波の映像を目にすると、メンタルが不安定になるようになりました。ちびはそれを感じ取って、私の心が整うようにヒーリングをしてくれていたんじゃないかと思うんです」と、愛猫の行動に思いを馳せた。
今から2年前、ちびちゃんは、家族に見守られながら虹の橋を渡った。
ちびちゃんは、元の飼い主が引っ越しをするからと置いていかれたのだそう。誰もいなくなった家の前で、鳴いていたちびちゃん。見るに見かねたるりさんは「元の飼い主さんに連絡をして、自分が引き取ると伝えた」という。
家族に寄り添って、天寿を全うしたちびちゃん。きっと今でも、るりさん一家を空からそっと見守ってくれているだろう。
ちびちゃん/画像提供:うみのるりさん
猫のために環境を整える覚悟
るりさんは、震災体験を通して猫のために購入したものがあるという。
「ケージを買いました。あの時、もしケージがあったら次男はすぐにちびを入れることができましたし、ずっと本棚を押さえることもなかったなと思って。上から布をかければ、怖がっている猫を落ち着かせることもできます。また、万が一、避難をしなくてはいけない時も、折り畳めるケージを持っていけば、人とは別の場所にケージを置かせてもらうことはできるかもしれません」とケージの有用性について話す。
また、これから猫を迎えることを検討している人には「できれば、住環境を整えてから猫を迎えて欲しい」と声に力を込めた。
その理由について、「私が今住んでいるマンションは避難所も兼ねていて、地震などが起こった時、猫と自宅にいることができます。また5Fなので、猫が驚いて脱走する可能性も低い。1Fは玄関を出るとすぐ外なので猫が脱走しやすいですし、2Fは猫がジャンプすれば脱走できてしまうかもしれません」と予想外の行動にも備えることが必要と語る。
るりさんは、さらに「猫目線で考えることが大切です。人間の家に猫が来るのではなく、猫のために人間が家を用意するくらいの覚悟がいると思います」と、真剣な眼差しで語ってくれた。
ちびちゃん/画像提供:うみのるりさん
会社からの避難指示、トラウマを抱えた愛猫
突然の大地震、ハウスに閉じこもった猫
震災当時、東京の外資系企業に勤める夫と猫のネネちゃん、リンちゃんとともに暮らしていたHarukaさん(仮名)。大きな揺れを感じたのは、自宅で友人と過ごしていた時のことだった。
「私と友人は、リビングルームにいたのですが、突然、大きな縦揺れを感じました。次に、激しい横揺れが。早く猫をキャリーケースに入れなくてはと、とにかく焦りました。今までの地震とは何か違う感じがして、とにかく怖かったです」と、振り返る。
Harukaさんと友人は、手分けをして猫のキャリーケースと必要最低限の荷物を持って、エレベーターは使わず、階段を使ってマンションの3階から1階ロビーまで下りた。しばらく揺れが収まるのを待ったという。
ほどなくして、夫が会社から戻ってきた。余震がおさまってきたため、友人も家に帰った。「主人と自宅に戻って、猫たちをキャリケースから出したのですが、ネネはすぐに自分のハウスに閉じこもってしまって……地震が怖かったのはもちろんですが、人間の不安や動揺がネネにも伝わったのかもしれません」と、Harukaさんは当時の様子を語る。
ネネちゃん/画像提供:Harukaさん
避難生活で、不安と闘う猫たち
地震発生からまもなく、福島第一原子力発電所が津波によって電源を喪失、大量の放射線物質が大気中に放出された。その影響は福島県に留まらず、関東1都6県にも及ぶことが報道される。Harukaさんの夫が勤める会社の海外本社から「東京を離れて、関西に避難するように」と指示が出された。
当初、会社が用意した大阪市内の住宅に向かう予定だったが、名古屋にいる親戚から「うちに来ればいい」と声をかけてもらったため、会社に連絡の上、名古屋へ向かうことにしたという。
Harukaさんたちは準備を整えて、数日後、新幹線に乗り込んだ。「ネネはずっとキャリーケースの中で身を固くしていました。リンはネネよりお姉ちゃんで移動にも慣れているからでしょうか、しばらくすると落ち着いてきたように感じました」と、猫たちの様子について語っている。
リンちゃん/画像提供:Harukaさん
Harukaさんたちは、6畳一間を間借りすることに。「すぐに近くのホームセンターに行って、猫の粗相などで畳が汚れないようにカーペットを、猫トイレや食事用の器、キャットフードなども購入しました」と、まず猫用品を一通りそろえたそうだ。
また、突然避難生活が始まったため、慌てていて考えが及ばなかったとこともあったという。
「急に自宅とは違う環境になったからか、新しい猫トイレを使ってくれるまで少し時間がかかったように感じます。自宅の猫トイレから少し猫砂を持ってくればよかったと後悔しました。自分の匂いがついた猫砂を新しい猫トイレに入れてあげれば、もっとスムーズにトイレを使ってくれたかもしれない」と、明かしている。
猫たちは、しばらく部屋の中を歩き回ったり、畳や布団の匂いを嗅いだり、落ち着きがない様子だったという。幸い、ご飯はよく食べてくれたそうだが、猫たちは不安と闘っているようにみえることもあったそうだ。
「リンは、しばらく夫の上着の上に座っていました。飼い主の匂いがすると安心するのかもしれません。ネネも、時間が経つにつれて慣れてきたようにも見えましたが、たまに撫でると震えていることがありました。私たち人間でも大きなショックを受けたので、事情のわからない猫たちのストレスはどれほどだろうと」と、沈痛な面持ちで話す。
リンちゃん/画像提供:Harukaさん
猫に残った震災のトラウマと心的ケアに備える防災対策
現在、Harukaさんは夫の母国で暮らしている。昨年、リンちゃんが永眠。ネネちゃんと、新たに迎えたハナちゃんは海外での暮らしにも慣れた様子だという。
その一方で、震災から11年経った今も、ネネちゃんにはトラウマになっているのではないかと思える行動が見られるそうだ。
「震災後、大きな音を聞くと逃げるようになりました。例えば、台所で茶碗を洗うカチャカチャという音やスプーンが床に落ちる音、玄関チャイムの音でさえも、ネネにとっては怖いようです。すぐに走って2Fに上がり、しばらく下りて来ません」と、ネネちゃんの変化について語っている。
ネネちゃん/画像提供:Harukaさん
また、Harukaさんは「地震を感じた瞬間、本当に頭が真っ白になった」ことを教訓に、防災対策をするようになったという。
「当時、猫のキャリーケースはリビングに近いクローゼットに保管していましたが、それさえすぐには思い出せませんでした。今は、キャリーケースと猫用の携帯トイレ、折り畳みができる器、フードなどを入れたナップザックを玄関脇の倉庫に入れています」と話す。
さらに、「冷蔵庫の扉にマグネットで非常時に持ち出しする物のメモも貼り付けています。避難を最優先することが先決ですが、余裕があれば猫の匂いのついたトイレ砂やタオルなども持っていけるように」と、Harukaさんは夫と相談しながら、万が一の事態に備える工夫もしているそうだ。
「震災を経験して、猫は想像以上にストレスを感じますし、人間の不安な気持ちも感じ取っているんだとわかりました。猫が少しでも安らぐ瞬間を作ってあげられるようにしたいです」と語ってくれた。
ネネちゃん(右)とハナちゃん(左)/画像提供:Harukaさん
これらの被災体験から、震災に伴うPTSD(心的外傷後ストレス障害)は今なお、取り上げられる深刻な問題のひとつであるが、猫も人間と同じように大きな心の傷を負ったことがわかる。
また、『猫は家につく』という言葉があるように、猫にとって避難生活をはじめとした住環境の変化は大きなストレスに繋がるのだ。震災後、猫たちに起こった変化を聞きながら、胸が締め付けられるような思いがした。
猫のための防災対策は、準備すべき基本的なものについて共通点はあるものの、その災害の種類や居住地、猫の性格、家族の生活習慣によって組み替えていく柔軟性が求められようだ。
さらに、猫を迎えるためには平常時だけでなく、万が一の非常時に猫の安全を守るための環境(避難場所や預け先を含む)や費用などを確保できるかも踏まえて、検討する必要があるだろう。
猫も人間も安心安全に暮らしていくために、東日本大震災の記憶を風化させず、そこから学び続けていきたい。
(取材・文/m_sato)