安楽死しか選択肢はないと思わないでください
薬で解決出来る事もある
安楽死を選んだ理由は様々ですが、治療の難しい病気や治る見込みのない病気、認知症による異常行動などに対しても薬の服用で症状や痛み、行動をコントロールするという選択肢もあります。精神安定剤を飲ませることで眠るようになり、夜鳴きや徘徊の頻度を減らしたり攻撃的になっていた性格を落ち着かせたりすることができます。
病院のスタッフに相談してください
もう安楽死しか方法がないと思わないで病院スタッフや獣医師とじっくり相談することもとても大切です。
実際に、最初は夜鳴きがひどく安楽死を考えていた方がいましたが、時間をかけお話しした結果、安定剤の服用を選びその後は飼い主さんの自宅で安らかに天寿を全うし天国へ旅立った子もいます。
愛猫に安楽死を選んだ理由とは
私は動物看護師として働きはじめてからたくさんの動物達をみてきました。その中である日男性の飼い主さんが「うちの猫、安楽死してほしい」と涙目で言ってきました。
その猫ちゃんは末期の腎不全にかかっており、かなり脱水や削痩がひどく状態はとてもよくありませんでした。飼い主さんとよくお話しをした結果、安楽死処置をおこない天国へ旅立っていきました。
動物病院で働いていて、いくつか安楽死処置を見届けましたがいつも胸が痛くなります。私も猫ちゃんを飼っており、もし愛猫が将来病気になり予後が厳しい状況だったら自分はどんな選択をするのだろうかと悩みます。
いつかは自分より先に天国へ旅立つことは知ってはいるけれど愛猫の最期のことなんて考えたくないですよね。安楽死を選択した飼い主さんには、どのような理由があったのでしょうか?
苦しい思いから解放してあげたい
私が働きはじめて1年目の頃、慢性腎不全の高齢猫ちゃんが毎日皮下点滴をおこなっていましたが、状態が中々良くならず徐々に痩せてきて元気もなくなりました。いつも苦しく辛そうな姿をみて、もう楽にさせてあげたいという気持ちから飼い主さんは安楽死を選択されました。
飼い主さん自身がうつ病になってしまった
人も認知症による介護の問題があるように、猫ちゃんも以前と比べて長生きするようになったため認知症の症状が多くみられるようになりました。認知症の症状の中でも「夜鳴き」によって飼い主さんが精神的・肉体的なダメージを受けたりうつ病になる場合が多いように思います。
たとえば、飼い主さん自身が睡眠不足になる他に、近隣住民からの苦情が出て、「また苦情がくるかも」、「家から追い出されるかもしれない」と精神的に追い詰められてしまったケースがあります。
攻撃的な性格に変わり対処できなくなってしまった
夜鳴きの他に性格が大きく変わることがあります。元々大人しく甘えん坊だった性格が凶暴的になり飼い主さんやその家族の人に対しても攻撃し、噛まれて大怪我をし手に負えなくなってしまったケースも多く見てきました。
安楽死は殺処分とは違います
安楽死というと、人間の意思により動物の命を絶つので殺処分と変わらない、苦痛を伴うのではないかとイメージする方もいるかもしれません。安楽死の目的は肉体や精神の苦しみから解放するためであり、苦痛のない方法でおこなう一連の処置が安楽死処置となります。
安楽死の方法
一般的に麻酔薬を血管から注射しておこないます。麻酔薬の効果はすぐに現れ、循環器や脳など体の機能を即座に止めるため、苦痛を感じることなく天国に旅立つことができるとされています。
現在では、殺処分においても動物に苦痛を与えない方法を採用することが必須とされてはいますが、1匹ずつ対応してあげられず集団として動物を扱う場合があることや費用や人員の問題から、必ずしも苦痛を与えることなく殺処分が行われていない場合もあるかもしれません。
まとめ
動物医療が進み飼育環境も変わって猫ちゃんの寿命が伸びたことにより、以前ではあまり見られなかった認知症や長期間の治療や通院が必要となる病気が多く見られるようになりました。そのような場合には、飼い主さんにとっては大変なだけではなく経済的な問題が出てくることもあります。私も猫ちゃんを飼っているのですが、飼い主の義務として愛猫の将来や高齢になった際の介護などを考えなくてはいけないと思います。
実際に思っていたよりも辛く飼い主さんが精神的に追いやられ、保健所や保護施設に猫ちゃんを連れて行くケースも多く見てきました。
保健所や保護施設で里親探しの対象になったとしても、高齢で病気を抱えている猫ちゃんに新しい飼い主さんが見つかる確率は非常に低いです。そして、体調が良くない中での新しい環境は猫ちゃんにとって非常に大きなストレスとなります。また、里親を探している間に猫ちゃんが亡くなってしまったり、収容期間を過ぎ殺処分されたという猫ちゃんも少なくないようです。
猫ちゃんの病気や飼い主さんの都合によって猫ちゃんを手放してしまったり殺処分されたりするより、大好きな飼い主さんの側で安らかに眠り天国へ旅立つ安楽死も猫ちゃんの最期の選択肢の一つだと思っています。
ですが、安楽死を決める前に本当に愛猫を安楽死させることが適切なのか、安楽死以外の方法がないのか、飼い主として安楽死を選択して後悔をしないかなどを見つめ直すことも大切だと思っています。
安楽死は飼い主さんと処置を行う病院との十分な話し合いの後に行われるべきもので、その基準や方法について具体的に定めた法律はありません。世界小動物獣医師会(WSAVA)が発表している「動物の福祉についてのガイドライン(Animal Welfare Guidelines)」には、「安楽死は動物を現在の苦痛から解放するため、または将来味わうだろう苦痛を防ぐために行われる。肉体的または精神的な異常が苦痛の原因になると共に、『動物の福祉に必要な5つの要素』が欠けることも安楽死を行う理由となり得る。その動物を世話する人間の都合によって安楽死が行われる場合もある。」と書かれています(監修者訳)。
日本人の文化、宗教観からは「将来味わうだろう苦痛を防ぐために」また「世話をする人間の都合によって」安楽死が行われることには抵抗がある方も多いとは思います。日本人の多くが持つ自然死を尊ぶ考え方は「どのような理由があっても動物の命を奪うことは悪いことだと考える人たちもいる。」とWSAVAの同ガイドラインに書かれるほど世界的に見れば少数派のようですが、安楽死が選択肢となるほどの動物の福祉上の問題があるのでしたら、納得いくまで動物病院側と話し合い後悔のない選択をして欲しいと思います。
安楽死を含めた最期の時の迎え方に対する考え方は人によって異なりますが、その子のためを思って考え抜いた飼い主さんの結論は尊重されるべきです。もし安楽死を望むのにかかりつけの動物病院が安楽死に対応していない場合には、他の病院を探すことを遠慮しないで下さい。(WSAVAガイドラインの「世話をする人間の都合によって」とは、新たに流行している品種を飼いたいから、旅行で長期間家を空けるから、などという人間の身勝手な都合を意味しているのではありません。ペットが相当の介護や治療が必要な状態となり、飼い主が経済的負担を負いきれないとかペットの介護によって飼い主の肉体的・精神的ダメージが大きいことが考えられる場合などを意味しています。)
ガイドライン中の『動物の福祉に必要な5つの要素』とは、①適切な環境、②適切な食事、③同居動物の有無、他の動物との同居の仕方を性格や本来の習性に合わせてあげること、④正常な行動パターンを示すことができる環境、⑤痛みや苦しみ、けが、病気から守られることです。これは、動物福祉の基本として古くから言われている「動物の5つの自由」とほぼ同じで、これらの要素を満たすことが出来なくなった時は安楽死を検討する対象になるということです。
《参考》
世界小動物獣医師会 動物福祉についてのガイドライン(WSAVA Animal Welfare Guidelines)
環境省自然環境局 動物の愛護と適切な管理 「動物の5つの自由」パネル
高齢の猫がそれまでしなかった夜鳴きをしたり、攻撃的な性格に変わったりした場合、認知症の症状である場合もありますが、甲状腺機能亢進症という病気の症状であることもあります。
高齢の猫ちゃんで体調や行動の変化があった場合、「年だからしょうがない」と最初からあきらめずにまずは病院を受診して、治療出来る病気ではないのか、少しでも快適に過ごしてもらうために出来ることがある状態なのかどうかを調べてもらいたいと思います。