ユニークな研究に送られるイグノーベル賞
猫が狭いところにピタッと入り込むのが得意だということは、周知の事実です。その姿を見て、「猫は固体と液体の両方になることができるか」というユニークなテーマを、流動学(レオロジー)という学問を使って検証した論文が、一躍有名になったことがあります。
2017年のイグノーベル物理学賞を受賞した、フランスのマーク・アントワン・ファルダン氏による『猫のレオロジーについて』という論文です。
イグノーベル賞とは、1991年に創設された「人々を笑わせ、その上で考えさせる」ような研究に対して与えられる、ノーベル賞のパロディ版のような賞です。毎年テーマが設定され、物理学、科学、平和、経済学、医学生理学、文学、公衆衛生学、心理学、昆虫学などの多岐にわたる部門の10組に贈られます。
2017年のイグノーベル賞のテーマは「不確実性」でした。ちなみにこの年の生物学賞は、北海道大学の吉澤和徳氏が書かれた『洞窟に生息する昆虫におけるメスの男性器、オスの女性器、及びそれらの相関進化』という論文に贈られました。
論文『猫のレオロジーについて』の概要
では、イグノーベル賞を受賞した論文の概要をご紹介します。とてもユーモアに富んだテーマですが、猫が固体でもあり液体でもあるということを流動学を使って検証していますので、計算式や難しい理論が登場した難しい論文です。
今回はその中から、比較的分かりやすい部分についてご紹介します。
猫は固体と液体双方の定義に当てはまる
猫は、固体の特性と液体の特性の双方をもっています。そのことを、デボラ数を表す数式による説明などを交えつつ論じています。
分かりやすい例を挙げると、高いところから飛び降りる様子は、形状を変えずにバウンドする固体の様子そのものです。そして小さな容器に潜り込み、ピッタリと隙間なくハマっている様子は極めて液体的です。
猫と水との親和性の低さ
液体であれ固体であれ、水との親和性の良し悪しがあります。親和性とは、異なる物質同士が容易に結合する性質や傾向のことです。
この論文では、猫は水を避ける性質を持っており、水との親和性が低いと論じています。たしかに、水を嫌う猫は多いですよね。猫は、水との親和性でいえば油のような存在だということのようです。
猫の壁への粘着性
猫は、垂直な壁に張り付くことができます。その様子をもって、猫には粘着剤や接着剤のような凝着性があるとも述べられています。
日本の猫カフェも紹介
この論文の結論の中に、日本の猫カフェが紹介されています。日本における最近の実験で、猫は環境からの外圧を伝達・吸収できる存在とみなすべきことが示唆されたとし、実例として「日本には猫カフェがあり、ストレスで疲れた顧客は猫を撫でることで悩みを解消している」と紹介しています。
猫が「液体」の定義に当てはまる行動ができる納得の理由
猫が液体であるとされている大きな理由は「一定の体積を持つが、容器の形に従って変幻自在に形状を変えられる」からです。
ではなぜ、猫はこのような動きができるのでしょうか。その理由を見ていきましょう。
1.たるんだ皮膚
猫の皮膚は、とても柔らかくてよく伸びます。お腹から後ろ足にかけての皮膚は特に柔らかく、その部分を「ルーズスキン」と呼ぶこともあります。
これは敵から攻撃を受けた際に、深い傷を負ったり内蔵を傷つけられたりすることを避けるために進化した結果だと考えられています。そしてこの柔らかい皮膚は、猫の柔軟な体の動きもサポートしているのです。
2.短い腸
猫は完全肉食性のため、消化しづらい植物性の食物を消化する必要がありません。そのため、腸が短いという特徴があります。
前述のたるんだ皮膚の中に収まっている内蔵器が他の動物より少ないことも、猫の変幻自在な形状の実現に一役買っているでしょう。
3.骨格
猫は人よりも小さい身体をしているにも関わらず、骨の数が人よりも多いという特徴を持っています。人の骨は約200本ありますが、猫の骨は約240本もあるのです。もっとも猫には長い尻尾があるため、そのほとんどは尻尾の部分の骨だといえるでしょう。
それでも胸椎は1本、腰椎は2本、猫の方が人よりも多いです。脊椎の数が多いということは、背骨を柔軟に動かせる要因になっています。
4.骨の可動域の広さ
脊椎を構成している骨と骨の間には、椎間板という軟組織があります。そして、骨格の各部分を繋いで関節を滑らかに動かすための靭帯という組織があります。
猫はこの椎間板や靭帯が柔軟なため、骨の可動範囲が大きく、柔軟な動作を実現しています。
5.しなやかな筋肉
体格の割には数の多い骨、柔軟性に富んだ椎間板や靭帯だけではなく、猫はとてもしなやかで瞬発力に富んだ筋肉を持っています。
猫はこのような体の構造を総合的にうまく働かせることで、他の動物よりも柔軟で変幻自在な動きを実現しているのだと考えられます。
まとめ
国語辞典を調べると、液体の定義には『一定の体積をもつが、流動性があり、どのような形の器にも入るもの』と書かれています。たしかにこれを読めば、『猫は液体である』と結論づけられそうです。
また、それを「物理学」という学問を用いて論文で検証してしまう学者も、その論文に対して賞を授与する団体も、ユーモアに溢れている、としか言いようがありません。
実際、猫は狭くて薄暗くて静かな場所が大好きです。そういう場所を見つけると、どんな形状でも入り込んでしまい、その形にぴったりと合った体勢で休んだり眠ったりします。
愛猫が危険な目に遭わないように十分な注意をしながら、「液体」化した愛猫の変幻自在な姿を楽しみたいものです。