研究者仲間の愛猫が「再生医療」を受けた話
ある日、知人である仙石先生が、ご自身のSNSで「愛猫の”新之助くん”が間葉系幹細胞の移植治療を受けた」と書き込みをされていました。
新之助くんは「慢性腎不全」を患っていたそうで、その治療のために再生医療を受ける事を決意されたそうです。
私はそれを読みすぐに「お話を伺いたい!」と思いたちました。
早速、「新之助くんの治療についてお話をお伺いしたい」と仙石先生にご連絡したところ、快くご承諾してくださいました。
私と仙石先生の出会い
仙石先生といつ頃からのお付き合いだったか思いだそうと、メールを検索してみると、2011年でした。その当時、先生は京都大学に在籍されており、私は大阪の研究所に所属していました。
仙石先生のご専門は、技術経営学、イノベーション経営論、バイオ・ヘルスケア産業論で、その当時は、多能性幹細胞を用いたビジネスモデルや、ニーズに適合した産学連携モデルの開発などについてご研究されていました。
2000年ごろから盛り上がっていった幹細胞研究
ヒト胚性幹細胞(ES細胞)が1998年に発表され、さらに、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)が2007年に世の中に発表され、その後、国際的にヒトES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞の研究を加速しようという雰囲気が盛り上がり、目まぐるしく様々な動きがありました。
新しい研究成果が次々と論文に発表され、全く読むのが追い付かない日々でした。細胞を使った再生医療だけでなく、薬の開発のための研究(創薬研究)への利用の可能性も期待されていました。
国際的には2003年がES細胞を用いた研究の標準化について必要性が提唱された年で、2005年から23か国が参加する国際プロジェクトが行われていました。
2007年にヒトiPS細胞が発表されてからは、ES細胞とともにiPS細胞の品質についても話し合われるようになりました。
勉強会をきっかけに仙石先生と知り合うことに
私が留学していた先の研究ラボでボス※からの誘いもあり、国際プロジェクトにはイギリスグループとして参加していました。しかし、私は本来日本に住んでいる身で、「日本の法律や国民からの理解等も考えながら、情報を提供する必要がある」と考えていました。
(※研究の世界では、自分の所属する教室(ラボ)の教授を「ボス」と呼びます)
とはいえ、当時はそのような情報を上手に整理できるような体制がなく、個人が情報をかき集めて、情報を発信・連絡するという手段しかありませんでした。
そこで私は、国際的なガイダンスの作成等を行う際に、国と連携して対応できるような情報交換の場が必要だと思い、何名かの先生方に声をかけて、勉強会を開催するようお願いしました。
その結果、数回ですが有意義な勉強会を開催することができました。仙石先生は、その時に勉強会に同意して参加いただき、議論する場として研究室のゼミ室を提供してくださっていました。
▲2011年ごろ、iPS細胞研究が忙しく、ちゃんとした写真をあまり撮っていませんでした。唯一あったのが、英国からの研究者を連れて行ったすき焼き屋さんで撮った御簾ごしの鴨川の写真でした。
現在の仙石先生のご活躍
その後、仙石先生は2014年に東京工業大学に栄転されました。現在、環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程・イノベーション科学系で仙石研究室を構えてらっしゃいます。
バイオ・ヘルスケア分野をはじめとする先端科学・技術分野において、自然科学と社会科学を横断した、理論構築と実践展開のイノベーションサイクルの実現に向けた研究及び教育活動を行ってらっしゃいます。
日本のアカデミア及び産業界の特性とニーズに適合した、産学連携モデルを改善或いは開発し、共同研究機関・企業・非営利法人や研究開発プロジェクトを核としてこれを実践しています。
サイエンス・リンケージ分析、クラスター産業論及び事業モデリングに立脚した、イノベーションマネジメント科学の標準アプローチを、先端科学技術分野において開発・提案するなど、今の時代に必須のテーマで研究活動を行われています。
▲仙石先生
私が2018年に「創薬のための細胞利用技術の最新動向と市場」という本を作った際も、先生には執筆をお願いしました。
そんな仙石先生とのお付き合いの中で、SNSでもお友達として登録させていただいていました。先生は愛猫の新之助くんの写真を時々アップされていた事をよく覚えています。
仙石先生と新之助くんの出会い
仙石先生は、以前マッキンゼー・アンド・カンパニージャパン(*)に勤務されていました。マッキンゼー同窓生間では、情報共有用のメーリングリストがあり、いつもなら堅い内容のメールばかりが配信されてくるはずでした。
そんなところに、慶應義塾大学総合政策学部の教授としてご活躍の上山信一先生からの「猫さしあげます」というメールが一通届き、目に留まってしまったそうです。
「同僚の先生の家に来た迷い猫の里親を探してます。よそで飼われていた猫でとても人懐っこく、気立てが良くきれいだそうです。獣医の検査と去勢手術も終わり、伝を頼って本格的に里親探しを始めました。一歳手前の雄猫で目は薄いグリーン色。長い尻尾です。興味ある方、ぜひご検討ください。」
それは2007年の歳の瀬。翌年より東京から京都大学へ異動するタイミングだったので、「京都で猫と暮らすのもいいなあ」と、ぼんやり思って猫を引き取ることをお決めになったとのことです。
2008年1月に横浜から新幹線に乗って、新之助くんは京都にやってきました。
▲里親探しのために撮影された写真。まるで「誰か、僕を拾って」と訴えているようなカメラを見つめる目。
京都では、 “セナ動物病院 洛北アニマルウェルネスセンター”の北中千昭院長先生に診ていただきながら、新しい飼い主により、幸せな暮らしをしていました。
▲2012年11月 仙石先生がスーパーでハガツオを購入。俗称ホウサン、希少な秋の味覚、関西ではキツネカツオと呼ぶそうな。真剣な新之助くんのまなざし。食いしん坊なのでリードなしでは大変なことに。。。
▲2013年2月 寒い京都ではコタツは必須アイテム。
▲2013年6月 W杯5期連続出場おめでとうございます。大変な慶事ながら、新之助くんは夢の中でした。
*マッキンゼー・アンド・カンパニー
国、欧州、アジア、南米、東欧など世界60カ国に130以上の拠点を持つ世界最大級グローバルな戦略系コンサルティングファーム。同社で高いスキルを身に付け、退職後にも、輝かしい活動をする方が多いことでも有名。
新之助くんが受けた治療について
▲2020年5月 キリっとしたお顔で何を見つめているのでしょう。
新之助くんは、動物再生医療センター病院で再生医療の治療を受けたとのこと。
そこは、私が6月に猫の再生医療についてお話しを聞きにお伺いした病院でした。そして、なんと、そのお話を伺いした、福田 威 院長先生は、仙石先生の弟さんのご友人なのだそうです。世間は狭い!!
さらに、仙石先生は動物再生医療技術研究組合のコーポレートアドバイザーを務められているのでした。
同組合が立ち上がる際、まさしくご研究分野である産学連携とビジネスモデルの開発の専門家である仙石先生は、技術研究組合の設立に尽力されたそうです。
業界団体と連携体制の構築、組合の組織体制の構築、さらには臨床データなどのマネージメントの仕組みづくりまでもサポートされたとのことです。
新之助くんの病状
2014年に、飼い主と一緒に東京に戻ってきた新之助くんは、その後も、幸せな暮らしを続けていました。
とはいえ、月日が経つのは早いものです。もう来年の1月で16歳になります。猫によくある「慢性腎不全」となってしまいました。
「1歳までは野良ネコだったし、これまであまりフードにも気を使ってあげなかったから」、と仙石先生が自戒されていました。
いえいえ、そんなことはないです。あのまま野良猫であったら、数年しか生きられなかったと思います。
元気な時は食欲も旺盛で、一時は8kgもの体重があったとのことですが、ダイエットをして4.2kgにまで体重を落として元気にしていたそうです。
それが、尿毒症のせいで、何も食べなくなり、体重が3.5kgまで落ちてしまいました。
再生医療を受けさせることを決断
いつも診ていただいている"かしま動物病院"の鹿島雄一郎院長先生にも相談し、動物再生医療センター病院の福田先生に治療についての可能性や危険性、副作用などのお話を十分に聞いて、間葉系幹細胞を使った再生医療を受けることを、仙石先生は決断されました。
当日、病院に行き、午前中に検査を受けて、説明を聞き、午後に治療を受けて、夕方には帰宅。
1日で終わり、「コンパクトに必要なプロセスがまとまっている」と思われたそうです。また、動物再生医療センター病院は再生医療のエキスパートなので、安心してお願いできたとのこと。
行く時はタクシーを使えたけれど、帰宅する際にはタクシーがいなくて、公共機関を使って自宅に戻ったら、さすがに新之助くんは疲れてしまったようです。自宅に戻ってケージを開けたら、いつもならすぐに出ていくのに、中でお座りしたまましばらく出てこなかったそうです。
治療後、ごはんを食べない日々が続きました。抗うつ剤、吐き気止め、抗生物質などの投与とともに、水分補給のための点滴、高栄養リキッドの補給が続きました。
2週間が過ぎて、このままダメか、と覚悟を決めなくてはと思い始めた頃に、ようやく、ご飯を食べるようになってきました。
新之助の現況
治療後、2.6kgまで体重が落ちましたが、少し食べるようになって2.8kgになり、少しずつ戻ってき始めているようです。
一般的に、治療が有効だった場合、治療後2~3週間後ぐらいから効果が出てくるそうです。ただ、犬の症例数に比べて、猫はまだ少ないようです。
治療を受けて、飼い主としての感想
再生医療を使った治療について、飼い主としては、どう思われたのでしょうか?と仙石先生に伺ってみたところ、「ご縁だと思った」とおっしゃっていました。
「ただ、治療費は、やはり高いし、治療に連れて行くのは大変です。パンデミックがあり、働き方が変わったので、始業前後や昼休みに病院に連れて行くことができるけれど、以前だったら難しかった」ともおっしゃっていました。
そうですよね。お子さんもそうだと思いますが、動物も突然に病院に連れていかないといけないことも多い。そんな時に、対応できる働き方ができるようになったことは、このパンデミックも悪いことだけではなかったのかと思います。
まとめ
ヒトにおける再生医療は少しずつ前に進んでいますが、それまでに多くの方たちによる研究だけでなく、努力や協力があります。
動物においても、少しずつ前に進んでいます。ヒトの場合のように、制度を整備したり、皆さんに治療法を理解していただくともに、協力も必要です。
これまで治らなかった病気が、様々な治療法の開発が進むことにより、多くの猫が元気で長生きしてくれるようになるといいですよね。新之助くん、きっと、元気になります!
幹細胞研究者としてヒトES/iPS細胞や間葉系幹細胞の研究やビジネス化に従事。2022年1月からベンチャー企業・株式会社セルミミックの代表として、ライフサイエンスからライフスタイルまでのコーディネートおよびコンサルタントを行う。著書「本当に知ってる? 細胞を培養する方法(出版社 : じほう)」
《twitter》@mihofurue