アメリカの研究者の友人が猫に噛まれて救命救急室に行ったお話
久しぶりに投稿させていただきます。専門家ライターとして、ほそぼそと書いていこうと思いますので、引き続き、よろしくお願いいたします。
さて、今回は、研究者の友人が飼ってる猫に噛まれて、救命救急室に行ったお話です。
友人との出会い
▲クリスマスツリーの下でお行基良くしているロキシー
私は2005年にイギリスに留学していました。留学先の教授はビッグボスで、世界23か国が参加する国際プロジェクトを取り仕切っていました。
そのプロジェクトでは、100名ぐらいのその分野研究の各国を代表するトップクラスの研究者達が集まって、2泊3日で虎の穴会議が行われていました。ボストン郊外のバー・ハーバーのホテルに缶詰めになるのです。
朝食も、昼食も、夕食も、世界を代表する研究者達とともに食事を取る。息の抜けないハードな合宿でした。
▲バーハーバーはロブスターが有名。合宿のディナーでは大きなお皿に一人1尾ずつ出されてました。
▲研究者達とラウンドテーブルになって夕食を食べます。くだらないジョークで盛り上がることもあれば、さっきまでの議論の続きなることもあり、気が抜けません。
バー・ハーバー(Bar Harbor)は、ボストンから飛行機で1時間のマウント・デザート島にあります。
この島には、アーカディア国立公園があります。ロックフェラー家の別荘があり、何マイルにもわたる景色の良い車道は、元々はジョン・ロックフェラー2世によって、木々と土地の外観に多大な配慮がなされたうえで建設されたそうです。
▲ビーチサイドにあるホテルの美しいコテージ
自然はとてもたくさんあるのですが、他に遊びに行くところはなく、缶詰になるにはちょうど良いというわけです。プロジェクトは、23か国が参加していますから、様々な研究者達が集まっていました。年代もシニアから大学院生までいます。
そんな中で、ある若手女性研究者であるテニールは存在感がありました。研究者として、とても優秀であるだけでなく、視野の広さや統括力、正義感があり、多様な考え方の人々に対して分け隔てなく接し、とてもフレンドリーでした。
英語を母国語とする研究者達が激論を交わす中で、nativeではない私が発言するのには勇気がいり、たいていは(笑)大人しくしていました。そんな中、テニールは、研究分野が私と近いこともあり、よく声をかけてくれました。
学会で彼女が日本に来た時に、大阪のお好み焼き屋さんに一緒に行きました。それからもう10年以上が過ぎますが、SNSで今でもつながっています。時々、あのキャベツパンケーキが美味しかったと、話してくれます。
飼ってる猫に噛まれたら「腕が倍ぐらいに腫れた」
▲ソファーで寛ぐロキシー
そんな彼女が、ある日、救命救急室に運ばれて点滴しているという話をSNSにアップしていました。
「どうしたの?」
「猫に噛まれたのよ。腕が倍ぐらいに腫れてしまったわ。」
「それで抗生物質を点滴してるの。」
聞いた話を下に綴ります。
テニールは、野良猫だった子猫を拾い、ロキシーと名前を付けました。ロキシーはとても神経質で内気な性格で、飼い主の彼女を信頼するのに時間がかかったようです。
そして、長い間、ロキシーが信頼していたのはテニールだけでした。お客さんが来るとすぐに隠れてしまうため、友人たちは、本物の猫と透明な猫を一匹ずつ飼っていると冗談を言っていました。
ある頃から、ロキシーは彼女のベッドで眠り、夜には添い寝をしたがるようになりました。テニールの胸の横で丸くなって寄り添い、まるで恋人のように腕枕をして寝ていました。
ある夜、二人で丸くなって寝ていたら、突然、ロキシーが驚いて目を覚まし、ヒスを起こして、唾を吐いたり、彼女を引っ掻いたりしました。子猫の悪夢を見たのか、物音に驚いて怖くなったのか。
彼女が起き上がると、ロキシーは落ち着いてはきたものの、また抱きついてきました。その時に、ロキシーは、さらに彼女の顔と腕を引っ掻いたのです。
いえ、最初は腕が引っかかれたと思ったけれど、実は噛まれたのでした。顔や腕の傷から出血していたのがわかり、洗面所に行き、顔や腕を洗って傷を確認していると、手首に小さな穴が2つ開いていたのを見つけました。それで、よく傷口を洗い、オキシドールをかけて、また寝ました。
翌日、たまたまかかりつけの獣医さんに会い、そのことを話したところ、猫に噛まれることがいかに危険かを教えてくれました。
「猫に噛まれると感染しやすいよ。」
「もし、感染して広がってしまったら、腕を失うかもしれない。」
「いや、もっとひどいことになるかもしれない」
と言われたのです。
実際、翌日になると、噛まれたところが、赤くなり始めました。自分では大したことはなく、軽度だと思ってましたが、周囲の人たちが、病院の緊急診療所に行くように勧めました。というのは、腕が2倍ぐらいに腫れていたのです。
診察したお医者さん達は、猫に噛まれたところが感染していると診断しました。それで、大量の抗生物質の注射を受けることになったのです。30分ほど入院して、特にアレルギー反応がないことを確認し、さらに抗生物質の飲み薬も経口投与されました。
テニールは今でも猫と一緒に抱っこして寝ていますが、ロキシーがまた急に怖がって暴れたときのために、腕を毛布で覆っているそうです。
彼女も、猫に噛まれるとこんなに大変なことになるとは思ってもいなかったそうです。
猫に噛まれた症例の論文を調べてみた
とてもびっくりしました。私も今の猫を飼い始めた時には、引っかかれたり、甘噛みされたり、傷が絶えませんでした。そんな怖いこともあるのかと、冷や汗がでました。
そこで、猫に噛まれた症例についての論文を調べてみました。
論文を調査してみると、猫に噛まれた患者さんの1例を報告する症例報告はたくさん見つかりました。
あれこれ探して、ようやく統計的にまとめているアメリカのミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックからの論文を1報見つけました(1)。
その内容を下記に説明します。
アメリカでは、救命救急室に来る患者さんの1~2%が動物に噛まれて来院しています。そのうち60-90%が犬にかまれたものですが、猫に噛まれる場合も10-15%ありました。その病院で2009年から2011年の3年間の間に来院した193 例についてデータをまとめたものです。
犬は鈍い歯と強い顎を持っているため、傷口は、強く引き裂かれて欠損してしまう傾向があります。 一方、猫は非常に鋭い歯を持っているため、深く入り込み、腱や関節、骨などに細菌が入り込んでしまう場合が多いようです。
猫に噛まれて感染すると、通常、周囲が赤くなってきます。重症になってくると、膿がでたり、関節炎、腱鞘炎、骨髄炎になってきます。まれに、血管に細菌がでてきます。
患者さんの約半数(51%)が最初に救急診療科を受診し、その他は最初にかかりつけ医に受診していました。
- 193名の患者さんのうち,36名は来院時に直接入院
- 154名は外来で経口抗生物質による治療
- 手を噛まれた患者さんの30%(n ¼ 57)が入院
- 21名の患者さんが外来での抗生物質治療だけでは不十分で、その後入院(失敗率14%)
- 平均入院日数は3.2日
- 8人が2回以上の手術を必要だった
また、
- 高齢であること
- 救急部での治療までの時間が長いこと
- 自宅で自分の傷を手当しようとしていること
- 傷が重症であること
- 傷が深いこと
- 手首や手の関節に直接咬まれたこと
などが感染リスクと関連していることが分かりました。
噛まれた部位が、関節や腱だったり、赤くなったり、腫れたり、痛みがある場合には、重症化する可能性もあるため、入院の上、緊急に外科医に相談する必要があるでしょう、と、まとめています。
まとめ
テニールの話を聞き、また、論文を読んで、いつでもありうる話だし、気を付けないといけないと思いました。
私が飼っている猫も、ある夜、私が寝ている時に、急に暴れ出して普段では聞いたことがないような激しい低音で壁に向かって激しく鳴きたてたり、壁によじ登ったことがありました。
突然の鳴き声と行動に唖然として、声も出ませんでした。
猫では、突然にこういうことが起きるんですね。パニックを起こして、近くの飼い主を噛んでしまうこともあるように思います。
突然のことなので避けることは難しいと思います。もし、噛まれた場合には、大丈夫と思わず、すぐに病院に行った方がいいということを知りました。
皆さんも気を付けていただければと思います。
参考論文
(1)Babovic N, Cayci C, Carlsen BT. Cat bite infections of the hand: assessment of morbidity and predictors of severe infection. J Hand Surg Am. 2014 Feb;39(2):286-90. doi: 10.1016/j.jhsa.2013.11.003. PMID: 24480688.
幹細胞研究者としてヒトES/iPS細胞や間葉系幹細胞の研究やビジネス化に従事。2022年1月からベンチャー企業・株式会社セルミミックの代表として、ライフサイエンスからライフスタイルまでのコーディネートおよびコンサルタントを行う。著書「本当に知ってる? 細胞を培養する方法(出版社 : じほう)」
《twitter》@mihofurue