イスラエル訪問・横尾先生との出会い
▲マサダ要塞遺跡
10年ぐらい前の話になりますが、日本―イスラエル二国間交流事業により、幹細胞研究者としてイスラエルを訪問しました。
イスラエルの科学技術部省の方も同行し、日本のオーガナイザーも含め10名程度、イスラエルの幹細胞研究者も含めて研究発表会を行い、約1週間の間交流を行いました。
▲死海
マイクロバスにのり、テルアビブからハイファのワイズマン研究所、途中、マサダ遺跡や死海によりつつ、エルサレムのヘブライ大学を回りました。
大人になって、こんな長い時間、誰かと一緒に旅行をするということは初めてでした。しかも、イスラエルという異国での旅でしたので、日本の研究者の方々との交流も深まりました。
▲エルサレム旧市街地 アラビア門
その日本から研究者の中に東京慈恵会医科大学の横尾隆先生がいらっしゃいました。
横尾先生は、腎臓の再生医療の研究をされていて、ブタの腎臓をネコに移植する研究を交流会で発表されていました。
横尾先生は[1]、ブタの胎児の腎臓の芽を取り出し、ネコの腹部の脂肪に移植したところ、腎臓から分泌されるホルモンであるエリスロポエチンが移植された猫の血液中に出ていることを発表されています。
エリスロポエチンというのは、赤血球をつくるはたらきを促進するホルモンです。
ヒトも、ネコ、イヌも、このホルモンをもっています。腎不全となって腎臓のはたらきが低下すると腎臓からのエリスロポエチンの分泌が減り、赤血球をつくる能力が低下し、貧血(腎性貧血)になります。
慢性腎不全になった猫は、エリスロポエチンの分泌が減り、赤血球が減って貧血となり、死に至ることも多いようです[2]。怖いですね。
参考リンク:横尾 隆 先生:東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科 教授
ネコの慢性腎臓病の割合
慢性腎臓病は、猫によく見られる病気であることが知られていますよね。そこで、慢性腎臓病となる猫がどのくらいいるのか、調べてみました。
イギリスの大規模な研究では[3]、ファーストオピニオンの診療所では、4%程度と報告されています。慢性腎臓病は高齢の猫に多く、10歳以上の猫の30~40%が罹患していると考えられています。
そして、猫の慢性腎臓病の進行に伴い、腎性貧血となる割合は、30-65%とのことです。貧血が続くと、猫の生活の質は悪くなり、死に至ることも多いようです。
ブタの組織を利用した貧血の治療実験
では、この慢性腎臓病による貧血の治療はあるのでしょうか?
調べてみると、一般的には、ヒト用のエリスロポエチンが投与されるようです[4]。
ですが、ネコのエリスロポエチンは、ヒトとかなり違うので、現在使われているヒト用のエリスロポエチンを注射しても、数週間後には異物として認識してアレルギー反応等を起こしてしまい、その効果はほんの短期間に限られるようです。
また、猫用に遺伝子を組み替えて作られたエリスロポエチン(fEPO)による治療も試されています[5]。猫用エリスロポエチンによりネコの貧血が一時回復するものの、時間が立つとエリスロポエチンの効果も弱まり、再び貧血を起こしてしまうようです。
ブタの腎臓組織を移植する治療方法を発案
そこで、横尾先生は、ネコ自身にエリスロポエチンを作らせるように、ブタの胎児の腎臓の芽をネコに移植しました。
ブタの胎児の腎臓の芽を移植すると、そこへネコ自身の骨髄から間葉系幹細胞(MSC)が入ってきます。それらが結びつくと「ブタの細胞」から「猫自身の細胞」に入れ替わる、という結果が確認されています。
そのためブタの組織を移植したとしても、そこからはネコ自身のエリスロポエチンが分泌されるようになるため、結果として猫自身のエリスロポエチンの量が増えて貧血が改善するそうです。
▲横尾先生ご提供資料 期待されるネコの再生医療
治療方法には課題も…
ネコが豚に対する抗体を持っていることも多く、ブタの組織を移植すると拒絶反応を起こしてしまうこともあるようです。そのため、すべての猫に適用するためには、この拒絶反応を防ぐことが必要になます。
この拒絶反応は、ブタの血管の細胞をネコ化させることによって、防ぐことが可能になります。そこで、ネコ化させるための遺伝子を調べて、ブタの血管の細胞をネコ化することに成功されました。
血管の細胞をネコ化させたブタを作って、腎臓の芽をネコに移植することが可能になれば、ネコへの移植の成功率が高まる可能性が期待できます。
腎臓の再生医療や異種移植は、ヒトだけでなく、ネコにおいても期待されているんですね。
横尾先生によると、ネコが腎臓病になってしまうには、その特性が影響しているのではないかとのことです。
ネコは、もともとお水を飲む量が少なく、濃いおしっこをします。年を取ると、お水を飲む量が少なくなっていく一方、おしっこを濃縮する力が低下し、脱水症状が進行してしまいます。
また、ネコの唾液には、炭水化物を分解するアミラーゼが含まれていないため、タンパクの必要量が高く、腎臓に負担がかかってしまうことが原因なのではないかと推測されています。
まとめ
2006年に山中先生が発明されたiPS細胞の技術により、国内において再生医療への期待が高まり、国民が安全に再生医療を受けられるように、2014年に薬、化粧品、医療機器、そして、再生医療についての「医薬品医療機器等法」という法律が定められました。この中に、動物の再生医療等についても基準も記載されました。
ネコの腎臓病の治療については、東京大学の宮崎先生のご研究が最近、話題になっています。腎臓病にかかるネコは多いため、様々な治療法が開発されることを期待したいですね。
ただ、残念ながら、横尾先生は、予算の関係からブタとサルの研究に注力されていて、現在は猫の再生医療についてのご研究は中断されているとのことです。ぜひ、予算を取っていただき、ネコの研究を続けていただけることを願っています。
参考論文
[1]Matsumoto K, Yokoo T, Matsunari H, Iwai S, Yokote S, Teratani T, Gheisari Y, Tsuji O, Okano H, Utsunomiya Y, Hosoya T, Okano HJ, Nagashima H, Kobayashi E. Xenotransplanted embryonic kidney provides a niche for endogenous mesenchymal stem cell differentiation into erythropoietin-producing tissue. Stem Cells. 2012 Jun;30(6):1228-35. doi: 10.1002/stem.1101. PMID: 22488594.
[2]Izuhara L, Tatsumi N, Miyagawa S, Iwai S, Watanabe M, Yamanaka S, Katsuoka Y, Nagashima H, Okano HJ, Yokoo T. Generation of a felinized swine endothelial cell line by expression of feline decay-accelerating factor. PLoS One. 2015 Feb 11;10(2):e0117682. doi: 10.1371/journal.pone.0117682. PMID: 25671605; PMCID: PMC4324824.
[3]Survival of cats with naturally occurring chronic renal failure: effect of dietary management. Elliott J, Rawlings JM, Markwell PJ, Barber PJ. J Small Anim Pract. 2000 Jun; 41(6):235-42.
[4]Sparkes AH, Caney S, Chalhoub S, et al. ISFM Consensus Guidelines on the Diagnosis and Management of Feline Chronic Kidney Disease. Journal of Feline Medicine and Surgery. 2016;18(3):219-239. doi:10.1177/1098612X16631234
[5]Use of recombinant human erythropoietin for management of anemia in dogs and cats with renal failure . Cowgill LD,.James KM,.Levy JK, et al J Am Vet Med Assοc 1998;212;5
[6]Randolph JE, Scarlett JM, Stokol T, Saunders KM, MacLeod JN. Expression, bioactivity, and clinical assessment of recombinant feline erythropoietin. Am J Vet Res. 2004 Oct;65(10):1355-66. doi: 10.2460/ajvr.2004.65.1355. Erratum in: Am J Vet Res. 2004 Nov;65(11):1572. PMID: 15524322.
[7]Yokoo T, Fukui A, Matsumoto K, Ohashi T, Sado Y, et al. (2008) Generation of a transplantable erythropoietin-producer derived from human mesenchymal stem cells. Transplantation 85: 1654–1658. 10.1097/TP.0b013e318173a35d
幹細胞研究者としてヒトES/iPS細胞や間葉系幹細胞の研究やビジネス化に従事。2022年1月からベンチャー企業・株式会社セルミミックの代表として、ライフサイエンスからライフスタイルまでのコーディネートおよびコンサルタントを行う。著書「本当に知ってる? 細胞を培養する方法(出版社 : じほう)」
《twitter》@mihofurue