対照的な立場の二匹の猫
私はニューヨーク在住中に計7匹の猫を保護しました。
今回は、そのうちの2匹の猫たちの保護に至った経緯を書こうと思います。
この2匹の立場はあまりにも対照的でした。
1匹は飼い主が遠方に引っ越すからという理由で家の外に出されたまま置き去りにされた猫。もう1匹は飼い主の家から何度も脱走してきた猫です。
引っ越しを理由に飼い主に「見放された猫」
当時の私は、シングルマザーでした。幼い息子がいたため、私は自宅で自営業をしていました。自宅での仕事というのは、とかく時間がルーズになりがちです。その夜も遅くまで私はパソコンに向かっていました。昼間は息子の世話もあるため、息子が熟睡した夜は仕事に専念できる貴重な時間でした。
異様な鳴き声
そんな静かな夜に、どこからか異様な猫の鳴き声が聞こえてきたのです。それは、発情した猫の鳴き声ではありませんでした。私には、何とも言えない悲しみと不安の叫びみたいな声に聞こえたのです。
ただ事ではなさそうな鳴き声がとても気になったので外に出て声の主を探してみると、路上駐車の車の下から聞こえてくるではないですか。しゃがんで猫に向かって「どうしたの?出ておいで…」と話しかけて手を差し出しましたが、猫は怖がって出てきませんでした。その後、走って逃げだしてしまいました。それで仕方なく私は家に戻ったのです。その猫がどうして鳴いていたのか、その夜は何も判らないまま終わりました。
置き去り
翌日、猫はお向かいの家の窓の枠に上がって外から家の中を覗きこんでいました。
気になった私は、外で遊んでいた近所の子供たちに「あの猫、あそこの家の猫なの?」ときいてみたところ、驚くべき答えが返ってきました。
「うん、あの家の人、カリフォルニアに引っ越したの。それで猫を外に置いてっちゃったみたい…」
多分外に散歩に出された猫が、戻ってきてもいつまでたっても家の中に入れなくて不安で昨夜鳴いていたのでしょう。翌日、家に入れてもらいたい猫は窓枠に飛び上がって中を覗いていたのです。
飼い主家族が遠いカリフォルニア州に引っ越してしまったので、いつまで待っても家に二度と入れなくなってしまったことを、猫はわかりません。
その後も、猫は、お向かいの家の前でいつまでもいつまでも飼い主家族が戻ってくるのを待ち続けていました。その姿は近所の人たちの涙を誘いました。
猫に我が家が選ばれる
見かねた近所の人たちが時々餌をやっていました。私もその一人でした。とても人懐っこい猫でした。
餌やりをしていた人は複数いたのですが、やがて、猫は私の家を選んだのです。ある日、餌をあげようと玄関を開けると猫がスッと入ってきたんです。
我が家には、その時、既に先住猫たちがいました。以前は5匹いたのですが、3匹が虹の橋に逝き、2匹になっていました。当然なのですが、突然、家の中に入ってきた猫と我が家の先住猫たちはしばらくの間、威嚇しあっていました。
名前は”ハニー”とつけました。
自然に慣れ親しむまで、私は新入りのハニーをいつも抱いて過ごしました。そのうち先住猫の雄の方が1匹、虹の橋を渡り、残った先住猫は1匹だけとなり、その子が雌ということもあり、ハニーはその子とは仲良く過ごすことができました。
ハニーは本当にお利口でとても可愛い猫でした。前の飼い主さんが去勢手術をしていました。更に前足の爪はすべて抜かれていました。お金かけてそんなことまでしていたのに、最終的に引っ越す時には捨てて行ったんですね。
家具などを傷つけないように、手術で爪を抜いてしまう人がいるのですが、実際に爪を抜かれた猫を見たのは、ハニーが初めてでした。私は猫の爪を人間の都合で強制的に抜くことには反対です。
ハニーは爪がないのに、爪とぎはいつもしていました。これは猫の習性ですね。
ずっと飼い主家族を待ち続けていた
ハニーは私の家の猫になってからも、毎日、昼間は向かい側の家の前で座っていました。まだ、飼い主のことを忘れられず、戻ってくるかもしれないと思っていたのでしょう。それは数か月続いていました。
ある日、その家の玄関のドアが開いていたのです。でも、ハニーは中には入らず、開けっ放しにされていた玄関ドアの外から中の様子をうかがっていました。
しばらくすると、中から男性2人がソファーを運び出しました。
その家は借家でした。大家さんが次の人のために、中に残された古い家具を処分するために外に運び出していたのです。その様子を見たハニーは、”もうここには飼い主家族は戻って来ない”ということをやっと悟ったようでした。
その日以来、ハニーが向かいの家に通うことはなくなったのです。その瞬間、やっと我が家の愛猫になってくれた気がしました。
飼い主の家から逃げ出してきた猫
我が家には猫ドアがついていて、猫たちは自由に庭と家を出入りできるようにしていました。
それは、ハニーが我が家の猫になってから数か月後のことでした。ハニーが庭に散歩に出ると、いつも1匹の猫が待っているようになったのです。どこの猫かは判りませんでした。
そのうち、その猫は猫ドアからハニーの後をついて我が家に入ってくるようになったのです。しかし、家に入ってきても私が近寄るとすぐに猫ドアから退散していました。人慣れしていない猫でした。
その猫はハニーのことが気になったようです。ハニーは去勢された雄でした。その猫は去勢されていない猫でした。ハニーのことを雌と勘違いしていたのかもしれません。
猫行方不明のポスター
ある日、スーパーの掲示板に「猫が行方不明になりました!」と猫の顔写真がついた手書きのポスターが貼ってありました。
もしかしたら、ハニーのことを付け回しているあの子かもしれない…写真がその猫と似ていましたが、確信は持てませんでした。それでも、私はそのポスターに書かれた番号に電話して事情を説明しました。
すると、その人は「今度あなたの家にその猫が入ってきたら、捕まえてください。捕まえたら迎えに行くので連絡してください。」と言いました。
でも、その猫が探している猫かどうか判りません。それでも、捕まえてその人に確認してもらおうと思いました。
人慣れしていない猫なので、捕まえるのはとても大変でした。何度もトライして、最終的に、猫ドアから離れた所を見計らってそっと猫ドアのカギを閉め、外に出られない状態にすることに成功しました。
90歳のおばあちゃんの猫?
その人は、猫が使っていたというバスタオルとケージを持ってきました。そして、我が家のハニーを見て、「マキシー、探していたんだから!さぁ、家に戻りましょう!」と言ったのです。
私は慌てて「その子は我が家の猫です。そしてこちらの猫が私が捕まえた猫なんですが…」と言うと、今度はその猫に同じことを言い、ケージの中に入れました。
私が「本当にその子があなたの探していた猫なんですか?ちゃんと確かめましたか?」と訊くと、「この子に間違いはないわ!さぁ、お家に帰りましょうね!おばあちゃんが喜ぶわ!!」
その人の話によると、猫の飼い主は90歳のおばあちゃんで、猫が突然いなくなってしまい、おばあちゃんが落ち込んでいるとのことでした。
その人はおばあちゃんの猫のことをあまり知らないのではないか?と不安だったのですが、その人が間違いないと主張して譲らなかったのでそれ以上は何も言えませんでした。
最後に、猫を捕まえてくれた謝礼として100ドルを渡されたのですが、「お礼なんていりません。それよりそのお金でその猫の去勢手術をしてください。そうでないとまた逃げ出しますよ!」と言ったのですが、その人は100ドルを玄関の横に置いて帰りました。
その人は裕福そうなとても優しそうなアメリカ人女性でした。それで猫を渡したというのもあります。間違っていたとしても、猫が可哀想な目に遭うことはきっとないだろうと、なんとなく思いました。
でも、毎日のように我が家に通ってきていた猫が突然、連れて行かれたことにしばらく寂しい気持ちが消せませんでした…
舞い戻ってきた猫
それは猫が女性に連れて行かれてから、約2週間後のことした。突然、猫ドアからあの猫が入ってきたのです!また、戻ってきたのです!車で連れて行かれたのに、その猫は我が家を忘れることはなかったみたいで、また戻って来てしまったのです…
でも、その時、猫には異変が起きていました。左耳が折れ曲がって固まっていたのです。
それで私は猫を連れて行った女性に再び連絡を入れることをためらいました。猫をその女性に渡しても、たとえ耳の異常を伝えても、彼女が動物病院に連れて行ってくれるとは思えませんでした。
私は舞い戻ってきた猫の耳の治療を今一番優先すべきだと考え、すぐに動物病院に連れて行きました。
診断の結果、『イヤーマイト(耳ダニ)』に侵されており、もう手遅れの状態でした。命に別状はありませんが、折れ曲がって固まってしまった耳はもう二度と元には戻らないと言われました。耳ダニを退治する薬を処方してもらいましたが、しばらく、薬を耳に投与しなければなりません。
それで、私はもう二度とあの女性に連絡はしないと決めました。
あれほど去勢してくださいと言ったのに、去勢もされていませんでした。そして、耳ダニがいるのに、手遅れの状態になるまで放置されたわけです。
たぶん、彼女が悪いわけではないでしょう。90歳のおばあちゃんでは、猫の世話が行き届かなかったのだと思います。そして、猫はその家を再び逃げ出してきて、また我が家に戻ってきたのです。車で連れて行かれたのにです。それが結論だと思いました。この猫の執念みたいなものを感じました。
それでも、猫ドアからいつでも自由に出入りできるようにしていたので、おばあちゃんの家に猫が帰りたいと思えば、帰れる状況でした。だから、もう猫に任せようと思いました。でも、猫が帰って来るのは、いつも私の家でした。
それに、元々、本当におばあちゃんの猫だったかどうかも判りませんでした。最初、女性が猫を連れて行った時、その疑惑が消えませんでした。それもあったので私はもう連絡はしないと思ったのかもしれません。
手術
その後、猫はもうおばあちゃんの家に戻る意思がないと判断した私は、彼女が置いて行った100ドルで去勢手術をしました。ノミもたくさんいたので、メディカルバスにも入れてもらいました。
猫の名前は”マキシー”。本当にマキシーだったかどうかも判りませんが、あの女性が呼んでいた名前をそのままにしました。
マキシーは我が家に来て数年後に、尿路結石になり、死にかけました。でも、手術のおかげで一命をとりとめることができました。その費用は千ドル(当時15万円くらい)もかかりました。
手術をするか、安楽死させるかという選択でした。獣医さんいわく「手術費はとても高いです。そして手術をしてもまた繰り返す可能性もとても高いです。それもあって、安楽死を選ぶ飼い主さんもいます。」
それを聞いて私は「でも、手術すれば助かるんですよね?だったら、手術して救ってください!」とお願いしました。その手術でマキシーは命を繋ぎ止めることができました。
生涯にわたって療養食生活
その後、マキシーは尿路結石を繰り返さないように、ロイヤルカナンのPHコントロールという特別療養食のみ生涯にわたって与えるように言われました。それはとても高級なキャットフードです。一般のお店では売っていないので、アメリカではいつも動物病院で購入していました。日本ではインターネットで購入することができることが判り、いつも注文しています。アメリカで購入していた時より、値段はずっと高いですが。
でも、そのおかげで、マキシーはその後、尿路結石を繰り返すことはなく、今でもとても元気です。もう20歳くらいになっていると思いますが、本当に元気です。
海外生活を終え日本へ、海を渡った猫
マキシーは現在、日本に連れて来ています。
本当はハニーも日本に連れてくるための手続きをしていたのですが、その途中で病死してしまいました。ハニーはたぶん12~14歳くらいだったと思います。私が日本の父の介護のために一時帰国している間に、私の家族とニューヨークでお留守番していたハニーは虹の橋へと旅立ってしまいました。家族が病院に連れて行ってくれ処方薬も飲ませてくれていたのですが、助かりませんでした。最後にハニーに会えなかった私は日本で号泣しました。
ハニーとマキシーが我が家に来た時、唯一残っていた先住猫のメアリーも、24歳で老衰しています。メアリーは私が日本に一時帰国する前だったので、最期の瞬間、傍で看取ることができました。
ニューヨークで保護した猫は、マキシーが最後でした。そしてマキシーが最後の1匹として残り、家族で日本に引っ越すときに私が一緒に連れてきたのです。
ハニーの元飼い主は、カリフォルニア州に引っ越すからといってハニーを捨てたんだということを日本に行く飛行機の中で思い出していました。私はたとえ海外であろうとも、愛猫を置き去りにしたりはしないんだと…
マキシーが選んだ猫生
マキシーは自ら我が家に入ってきて住み着いた猫でした。
そして、マキシーは私が一番治療にお金を使った猫となりました。でも、私は当たり前のことをしただけと思っています。
去勢手術、イアーマイトの退治、尿路結石の手術、生涯療養食、そして日本に来てからも何度かマキシーは動物病院のお世話になっています。
もし、マキシーが私の家に来ていなければ、たぶん、もうとっくに虹の橋へと旅立っていたことでしょう。
もしも、本当に90歳のアメリカ人のおばあちゃんの猫だったとしても、おばあちゃんのところではそれらの治療は一切してもらえなかったと思います。それに、もしおばあちゃんがご存命だとしたら、100歳以上になっていらっしゃいますし、そういう意味でもマキシーはどうなっていたか判りません。
本当にこれで良かったのか?と今でも思うことはありますが、どう考えてみても、あの時、マキシーが元いた家には戻ろうとしなかったことが結論だと自分に言い聞かせています。
マキシーが選んだ猫生が結果、マキシーの命を守ったのだと思っています。マキシーは、本能的に自分が生き残れる道を選んでいたのかもしれませんね。
現在、マキシーは私が日本で保健所から引き取った犬と一緒に我が家でのんびりと暮らしています。歳のせいなのかかなり痩せてきましたが、食欲もありまだまだ長生きしてくれそうです。
マキシーが我が家に来て、そして日本にまで連れて来られたことを幸せだと感じてくれていることを願うばかりです。