「先生!うちのコ餓死しちゃいます!!!」
長男猫が15歳になった年の春、食事はしているようなのに、なぜか背骨が指に触るようになったのが始まりでした。不思議に思って食べる様子を注意して見ると、ドライフードを口に入れるのに、なぜかぺっぺっと吐き出しています。何度口に入れても飲み込むことができないので、彼はそのうち食べるのを諦めてしまいました。
すぐに病院に連れて行くと、すでに1㎏以上体重を落としていました。もっと気をつけて見ていれば、と悔やみましたが後の祭り。我が家は高齢猫の多頭飼いで、食の細った猫たちのために置き餌をしていました。フードが減っているので、食べているのだろうと安易に考えていたことが、発見の遅れた理由でした。
原因は不明。口の中に問題があるのかもしれませんが、口を開けてじっくり検査をするには麻酔が必要で、高齢猫にはハードルが高すぎました。一方で、血液その他の検査でおかしなところはなく、食欲もあります。色々考え合わせても、まずフードを食べさせることが先決だということになりました。
「強制給餌をすることになりますね。」
強制給餌とは、相手の意思に変わらず、文字通り強制的に口に餌を入れて食べさせること。普通に食事を取るのが難しくなってしまった場合や、補助的に栄養を取らせたい時に有効な方法です。猫が食べないなら、人間が強制的に食べさせようというわけです。
しかし、やみくもに食べさせればいいわけでもありません。例えば、急な発熱などで一時的に身体が受け付けないのなら、自然に任せ1~2日見守るというのも選択肢の1つです。また、のちに次男猫に末期がんが見つかった時には、強制給餌を一切行いませんでした。
逆に、長男猫の場合は食べたいのに食べられないのですから、食べさせる必要があります。食べない原因や体調、あるいは効率的な栄養補給の仕方を知るためにも、最初に獣医師によく相談することが大切です。
「強制給餌には、チューブやシリンジを使う方法がありますよ。」
相談したところ、いくつか方法があることを知りました。チューブを使う方法は、全身麻酔で胃などに直接チューブを設置するか、麻酔をせずに鼻にチューブを通し、流動食を流し込んで栄養を取らせる方法です。
常時チューブを付けたままなので煩わしさはありますが、いったん付けてしまえば、猫にとっても人間にとっても食事時の負担が少なくて済む、という大きなメリットがあります。ただ、長男の場合、全身麻酔はしたくありませんでしたし、鼻のチューブは比較的取れやすいと聞いたので、チューブ方式はとりあえず保留。
もう1つの方法、シリンジにトライしました。シリンジ(注射器の本体部部分)を口に差し込んで食べさせる方法で、もっとも簡単で一般的な方法です。病院では上手に食べていたようなので、シリンジを分けてもらい、先端を切って潰したフードを中に詰め、食べさせてみました。しかし、私はどうしても上手くできません。仕方なく、フードを丸めて指で口に押し込む、お団子投入方式にチェンジしました。
「なかなか食べてもらえない。これって、いつ終わるんだろう?」
こうやって、ドライフードをすり潰してはお団子にし、それを朝晩猫の口の中にねじ込む、という日々が始まりました。強制給餌は、猫も辛いですが、食べさせる人間にとっても大変な作業です。今でこそ慣れて何とも思いませんが、最初のうちは、慣れない作業に手間取りますし、猫も暴れます。
指で食べ物を口に入れる時は、片手で口を開けさせ、反対側の指を前から差し込み、フードを上あごにぬりつける、というのが正しいやり方だそうです。しかし、私の場合、それも上手くできませんでした。
仕方がないので横から指を差し込むのですが、うっかりすると噛まれてしまい、指はいつも絆創膏だらけでした。しかも、せっかく食べさせても、吐きもどされることも多いのです。そうするとまた1からやり直しです。
「でも食べさせられなければ餓死してしまう!」
この頃は、この言葉が呪いのように頭の中を行き交って、規定量を食べさせられなければ、半分パニック状態になっていました。しかも、結構ボリュームがあるので、規定量を食べさせるのは至難の業。その結果、体重はどんどん落ちて行きました。その一方で、もう1つ大きく心に影を落としていたのが、「これ、いつまで続くんだろう?」という先行きの見えない不安です。
「死ぬまでこうやって食べさせ続けなければならないんだろうか?」
今なら「それが何か?」と、余裕を持って答えられるほどになりましたが、当時はお先真っ暗。この世の終わりのような気分でした。
「お腹が空いたよ。ごはんちょうだい。」
そんなふうにもがいているうち、猫の方が先に慣れてきました。最初は逃げて回っていたのに、時間になると足元をうろつくようになり、少しずつ暴れ方を手加減してくれるようになりました。いちいち吐き出していたお団子も、黙って飲み込むことが増えました。
どうやら「これがぼくのご飯の食べ方なんだな」と、納得してくれたようなのです。そうすると、人間の技術もモチベーションも上がります。比較的楽に食事時間を過ごせるようになり、気持ちもだんだん明るくなってきました。心に余裕ができると、対応も変わります。
最初の頃は、フードを吐き出されると、イライラして怒っていました。しかも、焦るので中途半端な食べさせ方になり、また吐き出されてしまいます。
しかし、ある時から、「すごいね、ちーちゃんは!お団子吐き出すのが世界一上手な猫ちゃんだね!」と、にっこり笑って褒めちぎるようになりました。気分よくリトライした方が成功率は上がるのだということを、指の絆創膏を貼りかえつつ学んでいったからです。
「あれ?ご飯皿のご飯が減ってるよ!?」
病院に行ってから約1年と半年後。長男猫は、突然、自力でご飯を食べ始めました。しかも、何事もなかったかのように、自然な様子で。自分の口で食べ始めると、もとの半分近く(3.7㎏)まで落ちていた体重が、あっという間に4.6㎏まで回復しました。もともと5.5㎏もあって太りすぎだったので、調度良い体重です。
「やっぱり口から食べるのって、重要なことなんだね」と、獣医さんと2人でうなずき合ったことでした。半年後。獣医さんから「別の猫ちゃんが、同じように原因が分からないままフードを食べなくなったのよ」と聞かされました。獣医さんはその飼い主さんに対して、我が家の猫のような例もあるからね、と言って励ましたんだそうです。
すると、7ヶ月後、また突然食べるようになったのだとか。何とも不思議な2回目の奇跡でした。素晴らしいのは、飼い主さんの給餌の仕方がとても上手だったらしいこと。そのコは、自分で食べられるようになった今でも、「食べさせて」と言いに来るそうです。
まとめ
我が家の猫が拒食症になった原因ははっきりしませんが、おそらく見た目より深刻な歯周病か、あるいは口内炎ができていたのかもしれません。お口の問題なら、多かれ少なかれ、世の中の高齢猫ちゃんたちに同じような問題が起こる可能性があります。
でも、大丈夫。対処方法はいくつもありますし、猫ちゃん本人もちゃんと協力してくれます。もしそうなったら、我が家のように数ヶ月後に突然食べ始めることもあり得ますので、ぜひ暗くならずに明るく対処してくださいね。