1.寝る子は「ねこ」
猫でいちばんイメージしやすいのは、やはり、気持ち良さそうに眠る姿でしょう。猫の語源に関して、今や定説となりつつあるのが、「寝る子」→「ねこ」という由来です。
猫はとにかくよく眠ります。1日の平均睡眠時間は、約16時間で、一生に換算すると、3分の2ほど眠っているほどです。人間の場合、せいぜい3分の1程度であることを考えれば、いかに猫が「寝る子」なのか、簡単に理解できます。
なぜ猫が「寝る子」なのかと言うと、完全肉食のハンターだからです。獲物を捕らえるためには、できるだけ体力を温存する必要があります。
調子に乗って動き回り、バテてしまえば、肝心の獲物が目の前に現れたとき、迅速に対応できません。最悪の場合、急に「ごめん寝」状態に陥って、せっかくのチャンスを台無しにしてしまいます。
人間の平均をはるかに超える猫のロングスリーパーぶりは、肉食動物としての初期設定であり、「狩り」を支える裏方仕事のようなものです。
「ねこ」の由来について、「寝る子」説が定番になっているのは、他のどんな説よりも、猫の特徴をダイレクトに伝えてくれるからでしょう。
由来を聞いた人が「ねぇ、知ってる?ねこって寝る子の略なのよ」と知らない誰かに教えたくなる、ちょっとした雑学テイストも満点です。
そうやって、今で言う口コミによって、日本人の間で「寝る子」説が広まっていったのかもしれません。
2.主張が入り乱れる「ねこま」説
有力な「寝る子」説が根強い一方、始めの頃は「ねこま」だったという説もあります。
漢字で書くと、「禰古万(ねこま)」。平安時代に編纂された日本最古の薬物辞典「本草和名」に、猫を指す言葉として、初めて登場したとされています。
「ねこま」の意味には複数の説があって、睡眠愛好家の側面からは、「寝熊(寝る姿がクマ似)」「寝高麗(とにかくよく眠る朝鮮渡来の動物)」「寝小魔(眠り好き)」が挙げられます。
さらに、狩りの対象となるネズミにちなんだものでは、「鼠子待(ネズミを待ち構える)」「鼠神(神は『こま』と読む。ネズミの食害を防ぐ守り神)」という」ものがあります。
実は、「ねこま」説には反対意見も存在します。その根拠は、前述した「本草和名」よりも前の文献(新訳華厳経音義私記、日本現報善悪霊異記)などに、「ねこ」と同じ読みの「尼古」「禰己」という言葉がすでに使われているからです。
いずれにせよ、上記に挙げた例が示すように、肉食動物のライフスタイル、「眠り」と「狩り」の両面から、それぞれの説が唱えられています。
「ねこ」の語源を巡って、思考を繰り返していた江戸時代の文化人たちは、やはり、みなさんと同じように猫好きだったのでしょうか。
3.「ニャーニャー」はかつて「ねうねう」だった
先述した2つの例はどれもビジュアルや生態にまつわる説でした。そこに、割って入るのが、「鳴き声」説です。
猫の鳴き声と言えば、「ニャーニャー」と誰もが答えるはずです。今では常識のように知れ渡っているものですが、大昔の人たちは「ねうねう」という言葉で猫の鳴き声を言い表していました。あの源氏物語にも同様の記述が残されています。
鳴き声「ねうねう」に「子(小さいというニュアンス)」をつけて、いったんは「ねうねうこ」として船出したものの、使い勝手にやや難があるのは否めません。
時代が経つにつれ、「『ねうねうこ』って、ちょっと言いづらくない?」と当時の人々の間で懸念が広がり(あくまで想像です)、大胆に「うねう」をカットして言いやすくした結果、現在の「ねこ」になった―という歴史的経緯があります。
猫のかわいらしい鳴き声がかつて「ねうねう」だったとは、「てふてふ(ちょうちょ)」の事実を知った時と同じくらいの驚きです。そして、省かれた「うねう」がどこに行ってしまったのか、個人的には気になってしまいます。
まとめ
猫の語源に関して、複数の説が並び立つのは、人の想像力を刺激してやまない猫の特性ゆえのことかもしれません。今回は、少なくとも弥生時代から日本人と共生してきた猫の名の由来について、3つの視点から読み解いていきました。
現在は、「寝る子」説が定着しつつありますが、猫にまつわることなので、思いもしない説が浮上してくる可能性もあります。
ちなみに、人びとの由来談義の熱っぽさとは裏腹に、当の猫たちは自分のことを「ねこ」と呼ばれている現状すら知りません。