日本人の生活に溶け込んだ猫
平安時代、江戸時代、昭和、そして現代と、複数回の猫ブームを巻き起こしながら、猫たちは日本人の生活に溶け込んできました。
そして、庶民の日常生活に溶け込んだ猫は、たくさんのことわざや慣用句になりました。
猫が登場することわざや慣用句は、猫の外見や仕草などから発想された、ユーモラスで印象的な言葉が多いです。
そして、今でも会話の中に登場し、現役で使われている言葉もたくさん残っています。
一説では、日本にある猫に関することわざや慣用句は200以上ともいわれています。
今回は、猫に関することわざや慣用句を掘り起こしてみたいと思います。
日本中に溢れている「猫の額ほどの庭」
家を新築した方と話している時に「庭付きなんて羨ましいですね」と言うと、必ずといってよいほど返ってくる返答が「いや、ほんの猫の額ほどなんで…」という言葉です。
「猫の額」とは、面積が狭いということのたとえです。
古くは、1700年(元禄13)に書かれた西沢一風作の『御前義経記』という浮世草子の中に、「下関は猫の額ほどある所なれども、諸方の入込む湊にて」と記載されています。
由来については、猫は顔の大きさに比べて目や耳は大きいが額は狭いからだとか、そもそも猫は全身が被毛に覆われているために額がどこだか分からずあってないようなものだからなど、諸説あります。
いずれにしても、冒頭で例に挙げた「猫の額ほどの庭」を始めとして、やや謙遜の意味を込めて「狭い」ということを表現する際によく使われる表現です。
では、猫が登場する他の慣用句やことわざもみていきましょう。
歌川国芳の『たとゑ尽(つくし)の内』
歌川国芳は、幕末に活躍した猫好きで有名な浮世絵師です。
とてもユニークな画風で、たくさんの猫の絵を残しています。
その作品の中の『たとゑ尽の内』という作品は、猫にまつわる15個のたとえ(ことわざ・慣用句)を版画にしたものです。
あまり目にしないものから誰もがよく知っているものまでが描かれていて、こんなに昔から言われている言葉なのかと驚かれる方も多いのではないでしょうか。
この版画に出てくる15個の「たとえ」をご紹介します。
1.猫に鰹節
猫の目の前に好物のかつお節を置いて番をさせるように、好きなものを手の届くところに置いておくのは、過ちを起こすもととなって危険だということのたとえです。
2.借りてきた猫
家では気ままに振る舞っている猫にネズミを捕らせようと、他所の家にその猫を連れて行くと急におとなしくなってしまうことから、普段とは異なり、おとなしく小さくなっていることのたとえです。
3.猫の尻に才槌
軟らかい猫のお尻を叩く時に、硬い木槌は必要がないということのたとえです。
意味としては、「方法などが不適切でふさわしくない」と「物事の釣り合いが取れていない」という2つがあるといわれています。
4.猫に小判
値打ちの分からない者に宝物をあげても意味がないことのたとえです。
西洋では、同じ意味で「豚に真珠」と言われています。
5.猫舌
猫は熱い食べ物が苦手なことから、熱いものが苦手な人のことを表す言葉です。
6.猫を被る
本性を隠しておとなしくて優しそうに見せかけることのたとえです。
また、知っているくせに知らないフリをするという意味でも使われます。
7.猫根性
上辺は柔和を装いながら、内心は執念深くて貪欲であるということのたとえです。
8.猫のネズミをうかがう
ターゲットに狙いを定めて逃すまいと身構えている様子を、猫が獲物を狙う様子にたとえた言葉です。
9.猫と庄屋に取らぬはない
猫は必ずネズミを捕るし、庄屋は必ず賄賂を取る、ということのたとえです。
10.猫の年増太り
年齢を重ねた猫が太ることです。
昔も今も、飼い猫の肥満は飼い主さんの共通の悩みなのかもしれません。
11.猫が顔を洗うと雨
言葉通りの意味です。
湿度が高くなると皮膚がかゆくなりやすいからなのか、気圧の変化を敏感に察知しているのか…。
猫の仕草とお天気を表す慣用句は全国にたくさんあるようです。
12.猫よりまし
頼りなくて役に立ちそうにない人でも、猫よりは良いということのたとえです。
「猫は長者の生まれ変わり」ということわざもあるように、昼間寝ている時間の長い猫は、よほど遊んでばかりだと思われていたようです。
13.猫も食わない
猫も無視してしまうほどまずいもの、ということのたとえです。
14.猫にかん袋
後退りするとか、尻込みするということのたとえです。
15.猫の下のネズミ
猫の下にいるネズミはいつ襲われてもおかしくないという状況であることから、危険が迫っているということのたとえです。
まとめ
今回ご紹介した他にも、「窮鼠猫をかむ」「猫の首に鈴を付ける」「猫糞(ねこばば)を決め込む」「猫撫で声」など、猫が登場する慣用句やことわざはたくさんあります。
一つひとつの言葉を見ていくと、気ままで自由に振る舞いながらも飼い主さんに甘えてくる矛盾したような性格や、一歩縄張りを出てしまうと途端に自信をなくして小さくなってしまう猫の様子など、現代の猫も昔の猫も、全く変わっていない様子がうかがえます。
そして、江戸時代の人々も現代に暮らす私達も、猫好きはそんな猫たちを同じように愛しているのだということがよく理解できます。