日本全国に存在!「猫」のつく地名とその由来12選

日本全国に存在!「猫」のつく地名とその由来12選

「猫」の漢字が入った地名は日本各地にあり、猫と日本人との密接な関係を感じることができます。調べると多くの地名がありましたがこの度はその中からいくつかを抜粋し、登場する順番は高校駅伝などで使用する都道府県番号にいたしました。それではご紹介しましょう。

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1.猫魔ヶ岳:福島県耶麻郡磐梯町北塩原村

猫魔ヶ岳近くの猫魔八方台からの景色

「魔物と穴沢善右衛門が対決した猫魔ヶ岳」

近くの桧原に住んでいた素晴らしい武勇を誇る穴沢善右衛門が、奥方を伴って磐梯山の近くへ湯治にきていました。

ある日、時間を忘れるほどに魚が面白いようにとれたので、日も暮れて湯治場には戻れず、下男と共に仮小屋に泊まることになりました。

そこへ、乳母と名乗った老婆が来て、魚を異様なほど食べるのでこの老婆は魔物であると悟り、善右衛門が斬ったところ、翌朝に老婆は老猫の死体となっていました。

湯治場に戻ると、善右衛門の奥方が行方不明になっており、その後、木の梢にかけられて死体となって見つかりました。

近くのきこりに下ろしてくれと頼んだところ、腰に差した刀を貸してくれればやってやると言われました。断わると、そのきこりは「猫魔ヶ岳の王だ」と正体を明かし、昨夜殺した老婆は自分の妻だと言い、奥方の死体を口に咥えて消えました。

善右衛門は桧原からの応援を加えて大勢で捜索を行い、洞穴にいる猫王を見つけ斬り殺して奥方の遺体を取り戻し、桧原に連れ帰り手厚く供養をしました。

善右衛門の使った宝刀貞宗は後々「猫切丸(ねこきりまる)」と呼ばれ、穴沢家の宝物になったそうです。

その他にも諸説あるようです。

2.猫啼温泉:福島県石川郡石川町猫啼

水辺にいる猫

「愛猫が主人を慕って鳴いた猫啼温泉」

和泉式部が京へのぼる途中、石川町に立ち寄った際に愛猫が病に倒れてしまいました。急いでいたので、木に猫をつないでその場を離れました。

主人を慕いずっと鳴いていた猫の声が聞こえなくなったので、周りに住む里の人が調べたところ、猫は元気になっていました。

その猫の周辺には温泉が湧き出ていて、この温泉の効能で良くなったということから「猫啼温泉」と命名されたそうです。猫の病気は痔だったそうです。ちなみに和泉式部は百人一首で活躍した女性ではなく、不特定の巫女の事を指すようです。

他、百人一首に登場する和泉式部と猫は「そめ」という名前が付いていたという説がありますが、物語はほぼ一緒です。

3.猫実:千葉県浦安市猫実

浦安市豊受神社

「願いのこもった猫実」

茨城県板東市にも同じく「ねこざね」という地名がありますが由来は定かではなく、浦安市の説をご紹介いたします。

この地域は、水害に再三再四襲われていました。鎌倉時代の1293年にきた津波をきっかけに、住民が豊受神社付近へ「松の木の根を津波が越えないように」という願いを込めて、堤防として松の木を植えました。最初は「根越さね」と言われ「猫実」と変化しました。

4.猫股坂:東京都文京区千石

障子にうつる猫のシルエット

「根っこの股?化け物の股?の猫股坂」

以前にはあった猫股橋が「猫股坂」の由来だそうです。この辺りは狸やムジナなど化け物が多く出没し、夜な夜な赤手ぬぐいをかぶって踊ると言われたための化け物説、木の根っこから「根っこ股」説などあります。

5.猫坂峠:富山県婦負郡(ねいぐん)婦中町(ふちゅう)高塚

仲の良い猫二匹

「猫のあいびきの峠」

富山県にある地域、高塚と平等(だいら)を結ぶ峠で、両方の地から猫があいびきをしにやってきたと伝承されています。

6.猫洞通(ねこがほらとおり):愛知県名古屋市千種区猫洞通

蓮の咲く池

「猫ヵ洞池にちなむ猫洞通」

猫ヶ洞池に由来します。この付近の山を「兼子(かねこ)山」と呼んでいたのでそれがなまって「ネコガボラ」となったという説と、磯谷滄州が中国の猫堂にちなんで命名したという説、金児硲(かねこはざま)という字に由来し「かねこがねこで、はざまはほら」と変化したとの3つの説があります。

7.猫田:滋賀県蒲生郡日野町猫田

夕暮れに川辺にいる猫

「にこ砂→にこ田→猫田」

滋賀県に流れる日野川の左側に位置する平な場所です。方言で微粒砂を「にこ砂」と言っていました。ここから「にこ田」「猫田」と変化したとそうです。

8.猫崎:兵庫県豊岡市竹野町

豊岡市の竹野海岸の篭島と奥の猫崎

「陸の形が猫の姿に似ている猫崎」

竹野川の作る砂州(トンボロ)によって陸繋島(りくけいとう)が猫崎半島の先端部にできました。北方からの眺めが猫の形に似ているので命名されました。「お昼寝キューピー」とも言われるそうです。

9.猫島:鳥取県鳥取市高住

湖山池

「湖山長者の飼い猫がミイラになって発見された猫島」

猫島は湖山池の中央に位置し、猫のミイラがおさめられた弁財天がまつられています。

猫のミイラは元々「湖山長者」と呼ばれるお金持ちの飼い猫でした。この長者の娘が行方不明になった時に、この島で飼い猫がミイラで見つかったことが名前の由来とされています。小さな島なので猫島ではなくネコという愛称もあるそうです。

湖山池に浮かぶ猫島に関する伝説は3つほど見つかりましたが、まだまだ他にも伝承されている説があるかもしれません。上記の説、長者を諫める「湖山の猫薬師」説、長者の奥方がいじめていた猫から殺される「猫島異聞」説があるようです。

10.猫屋町:広島県広島市中区猫屋町

寝ている猫

「猫屋九郎左衛門が命名した猫屋町」

京都石清水八幡宮の別宮として創建された松崎八幡宮の棚守(役人)であった加藤九郎左衛門が、この土地に「猫屋」という号の店を出したことが地名の由来です。近くにかかる本川橋の元は、九郎左衛門が自費で作った猫屋橋と言われています。時代は安土桃山、毛利輝元が広島に築城した頃です。

11.猫が鼻:香川県香川郡直島町

瀬戸内海の直島

「崇徳上皇の寵愛していた猫を埋めた猫が鼻」

保元の乱の後、崇徳上皇は讃岐へ配流と決まりました。しかし上皇は四国への上陸を拒み、瀬戸内海にある直島の泊ヵ浦で数年過ごします。

その寂しくわびしい暮らしを明るくしてくれていたのは、寵愛していた猫でしたが、いつの日にかその猫は死んでしまいます。哀れに思った崇徳上皇は仮住まいから見えるこの場所に猫を埋めて霊を弔ったと伝えられ、以来「猫が鼻」と呼ばれるようになりました。

崇徳上皇は小倉百人一首では「崇徳院」として登場しますので、知っている人は多いでしょう。百人一首に選ばれている一首は、上皇がまだ在位中のものです。その他、崇徳上皇は菅原道真、平将門と共に「日本3大怨霊」としても有名です。

12.猫谷:熊本県八代市東町猫谷

塀を歩く白猫

「琳聖太子の寵愛した白猫の病死した猫谷」

琳聖太子(りんしょうたいし)は朝鮮半島の百済の王族で、推古天皇時代に日本へ船でやってきました。憧れていた聖徳太子と出会い、多々良姓と領地の大内県(おおうちあがた)を賜った大内氏の祖と言われています。

どのような白猫を飼っていたのかは詳しくは分かりませんが可愛かったに相違ありません。これらは光武家文書に残されているそうです。

霧島火山帯の根元にある谷のために「根っこ谷」とも言われるそうです。

まとめ

猫がジャンプする海辺

日本全国に存在!「猫」のつく地名とその由来12選についてお伝えいたしました。

今回は『角川日本地名大辞典』を参照して、伝承の残っている地名を抜粋いたしました。もしも興味があれば、47都道府県の地名が48冊に掲載されていますのでご覧くださいね。図書館の保存書庫や参考図書など、貸し出し禁止の本として所蔵しているようです。

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