台所をのぞく猫 アジサイ君
アジサイ君(通称アンジー)は、早咲きの紫陽花が咲く頃、我が家に姿を見せるようになりました。それまでもたびたび野良猫を見かけていましたが、どのコも極度の人見知り。
しかも健康そうなコばかりで、明らかにスポンサーがいそうでした。ですから私は特に関わろうとは思っていなかったのです。
ところが、ある日、台所の網戸から部屋をのぞき込む猫がいました。この辺りでは珍しいキジトラです。よく見ると右目が半分つぶれており、どういう訳か口元が血で真っ赤でした。
まるで事故にでも遭ったようなその様子。もしやと思って、キャットフードをお皿に入れて置いてみました。
しばらくして見に行くと、キジトラはいなくなっていましたが、ご飯もきれいになくなっていました。
そんなつもりはなかったけれど
我が家にはすでに猫がいます。
しかも、病気治療中の15歳と19歳の高齢猫です。それに加え、私自身の年齢がペットを飼う年齢としてギリギリのラインです。もともと新しい猫を迎えるつもりは全くありませんでした。
ところが、突然、キジトラ猫とご縁ができてしまいました。見れば、やせっぽちの1歳になるかならないくらいの子猫です。
しかも下唇に怪我をしていて、口がきちんと閉じません。見捨てるわけにはいかないな、とつい思ってしまったのです。
そして、紫陽花の季節に現われたことから、そのキジトラ猫に「あじさい」という名前を付けることにしたのです。
猫白血病(FeLV)と猫エイズ(FHV)でひとり暮らし決定
ところが、近所の野良仲間同様、アンジーも大変な人見知りでした。
ちゃんと姿を見せないので、性別が分かったのは3ヶ月ほど経った頃。しかも子猫ではなく、少なくとも3歳くらいのオトナの猫だと分かりました。
そんなビビりを、少しずつ慣れさせ、半年後に確保。そのままかかりつけの動物病院に連れて行き、去勢手術とワクチン、各種検査をお願いしました。
翌日迎えに行くと、アンジーは健康体ではあるけれど、猫白血病(FeLV)と猫エイズ(FHV)のダブルキャリアであることを知らされました。この瞬間、彼の独居生活決定です。
もちろん、世の中にはキャリアもそうでないコも分け隔てなく一緒に飼い、上手く行っている飼い主さんもおられます。ただ一緒に飼って大丈夫かどうか、医学的にはまだ正確には分かっていないのも事実です。
一緒にして上手くいくためには何かコツがあるのかもしれないし、たまたまOKだったのかもしれない。家族で話し合った結果、我が家で上手く行くとは限らないねということになり、もしキャリアなら別々に飼うことに決めていたのです。
ここがアンジー、君の部屋だよ
もちろん、当のアンジーは何が起きているか分かっていませんでした。
急に捕まえられて病院送りの目に遭い、今はご飯と暑さ寒さの心配はないけど、手術跡は痛いし、狭い部屋に閉じ込められた。コイツ(私)のことは知っているけど、何をされるか分からない!
彼の行動を見ていると、どうも手荒く追われたり石を投げつけられたりした経験がありそうでした。ドライフードを一粒投げると、飛んで逃げて行くのです。
部屋に入ればカーテンの陰に隠れ、「早く出ていけ」と言わんばかり。最初の1週間ほどは、ロクに顔も見れませんでした。
一方で、粗相や家具の破損の類いは一切起きませんでした。ひとつには、部屋に馴染ませるための準備が効いたのでしょう。この部屋がアンジーのものであると分からせるために、色々準備をしておいたのです。
外にいた時に使っていたバスタオルに、いつも爪を研いでいた木の切れっ端。一番重要な彼のおしっこは、入院時のペットシーツを捨てないようにお願いし、濡れたままいただいて来ました。
それを適当な場所に置いた上で、アンジーを部屋に入れました。11月のことでした。
それからのアンジー
部屋住みになって半年経った頃、無口だった彼が、突然鳴いて意思表示をするようになりました。ご飯皿を持って部屋のドアに向かうと、子猫のような甲高い声で鳴くのです。物陰にも隠れなくなり、ネズミのおもちゃで一緒に遊べるようになりました。
2ヶ月ほど前からは、玄関ドアの音が帰宅の合図であることを覚え、家に戻ると大声で呼ぶようになりました。家族がいれば1mくらいの所に座ってこちらを眺め、部屋を出ようとすると悲しそうな顔をしています。
そして、現在、アンジーは「お座り」の練習中です。
ご飯皿を置く前にお座りをし、人差し指に鼻をちょんとくっつければご飯です。こうやって、人間が言葉でコミュニケーションを取っていることを、学んでもらっているのです。
その成果でしょうか。近頃名前を呼ぶと返事をし、姿を現すようになりました。
とはいえ、彼は今もシャイボーイのまんま。こちらからは触らせてくれません。一緒にいる時間が圧倒的に少ないので、それは仕方のないことかもしれません。
しかし、今のアンジーは、食欲旺盛で体重6㎏。むっちり筋肉質な身体とキレイな縞模様が自慢です。そして、今や2階全体の支配を許され、毎日元気にパトロールをしています。
正直なところ、彼が我が家に来て嬉しいかどうかは分かりません。しかし、台風の日に、窓辺で落ち着き払っている姿を見ると、少なくともこの部屋が自分のもので、安心安全な場所だと確信していることが分かります。
それほど、外の生活はきついものだったのでしょう。それだけは良かったな、と思う毎日です。
まとめ
出会ってから1年半。アンジーはずいぶん変わりました。
しかし、飼い猫としてはまだまだこれから。覚えてもらいたいことはたくさんあります。
また、ダブルキャリアとしての問題は一生ついて回ります。でも、彼なら大丈夫。彼を見ているうち、そう思うようになってきました。彼の柔軟な思考が、きっと全てを上手く運んでくれるだろうと期待しています。