戦場に現れた、人懐こいトラ猫

画像はイメージです
緊張を強いられる戦場の兵士たちがマスコットを飼うことで、その気分が改善することは昔から知られています。とくに猫は古くから兵士のマスコットとして人気がありました。
1854年、クリミア戦争への出陣を前にして、名高いスコットランド連隊「第42 Royal Highlanders連隊」がブルガリアのヴァルナ近郊に野営していたときのことです。ある兵士の足元に毛むくじゃらの体が擦り寄ってきました。痩せたトラ猫です。その猫はとても人懐っこく、明らかに空腹な様子でしたが、餌をもらってもその場を離れませんでした。
そのままこのメス猫は連隊の風変わりなマスコットとなり、「Bulgarian Belle」と名付けられました。クリミアに到着すると、猫は兵士の背嚢(背負い袋)に入れられて運ばれることになりました。この任務は兵士の間で大変人気でした。というのも、猫を運ぶ兵士はほかの雑務を一切しなくてすんだからです。
背負われて安全に運ばれた猫は、「アルマの戦い」でロシア軍を撃破した連隊と一緒に進軍を続けました。
その後、猫は所属連隊と共にバラクラヴァへ向かったのですが、そこで再び戦闘に参加させるのは危険すぎると判断され、連隊病院に送られました。しかし猫自身は、兵士仲間と交流を続けるほうが好きだったようです。というのも、病院で病に倒れ、結局亡くなってしまったからです。短い軍歴ではありましたが、この猫の功績はその後も同連隊の兵士たちに語り継がれていったのです。
戦車に乗り組んだ猫

画像はイメージです
第一次世界大戦の際には、実際に戦闘に参加した猫がいます。黒猫Percyです。この猫はD20戦車の乗組員たちのマスコットで、幼い頃英国で育ったカナダ人Harry Drader中尉の飼い猫でした。
1915年8月、18歳になった中尉はRoyal Northumberland Fusiliers連隊に任官し、Mk 1 Male戦車の指揮官となりました。Percyはずっと中尉に付き添い、2人とも戦争を生き延びたのです。
ドレイダー中尉はこれらの戦闘における顕著な勇敢さを称えられ、のちに「Military Cross勲章」を授与されました。彼を精神的に支えたPercyのお陰でもあったことでしょう。
孤児になった子猫が、兵士たちのアイドルに

画像はイメージです
1952年には、米国海兵隊のFrank Praytor軍曹が、朝鮮半島での迫撃砲攻撃によって親猫を亡くした子猫を見つけました。
彼は薬用スポイトを使って水で薄めた缶詰のミルクを子猫に与えて世話をしました。やがて配給された肉も食べられるようになった猫は、「Miss Hap」と名付けられて兵舎に留まりました。しかしFrankさんが米国に帰還することになったため、彼に代わってイリノイ州出身のConrad Fisher伍長が猫を世話するようになったのです。そして「米軍広報室のマスコット」として、多くの兵士たちに愛されるようになりました。
Frank Praytor軍曹は、その後朝鮮半島を短期で訪問したときにMiss Hapと再会を果たしています。彼は2018年1月に90歳で亡くなりました。その訃報記事には、Miss Hapと一緒に写っている写真についても触れられており、当時の兵士と猫との強い絆が偲ばれます。