︎パンドラ症候群とは

1980年代、猫の膀胱炎は、尿がアルカリ性に傾く事でマグネシウム過多になり、ストラバイト結石ができることが全ての原因と考えられていました。
しかし、研究が進むにつれ結石が無い猫でも膀胱炎の症状が見られる事、尿を酸性に傾けるフードに変えても症状が改善しない猫がいる事、生活環境を変えただけで症状が改善する猫がいる事が分かってきました。
そこで獣医師のTony Buffingtonは、猫の膀胱炎症状の原因は、膀胱自体の異常だけではなく、体のストレス応答システムが由来の異常の場合もあるのではないかと考えました。
慢性的なストレスが続くことで、自律神経や内分泌系、免疫系はバランスが乱れていきます。その結果、体が常に「危険が迫っている」と感じやすい、過敏な神経状態になります。
このような体質になると、膀胱だけでなく、消化器や皮膚など、さまざまな臓器に症状が現れやすくなります。
この様なストレスに対する全身の過敏反応によって起こる複数の症状をまとめて考えた概念が、パンドラ症候群です。
この名前はギリシャ神話のパンドラの箱に由来しており、一つの症状の背後に、実は複雑で多くの問題が隠れているという事を象徴して付けられました。
︎症状

症状として最も多いのは血尿、頻尿、トイレの時間が長い、トイレ以外の場所での排尿、などの膀胱炎症状です。
これらの症状が見られるのは尿中に結晶ができてしまう尿石症が原因で起こる場合と、尿検査で異常が無いにも関わらず膀胱炎の症状が見られる特発性膀胱炎とがあります。
特発性膀胱炎は、慢性的なストレスが原因の1つとされており、パンドラ症候群の代表的な症状と言えます。
パンドラ症候群の症状として、皮膚トラブルも比較的よく見られます。
特に特徴的なのが、体の一部分に限局した脱毛です。この場合、脱毛している部位の皮膚自体は赤みや炎症を伴わず、見た目は非常にきれいです。皮膚検査や感染症の検査を行っても、明らかな異常が認められないことがほとんどです。
パンドラ症候群では、慢性的なストレスや不安状態が背景にあると考えられています。猫はストレスを感じると、自分の体を舐めることで気持ちを落ち着かせようとすることがあります。
しかし、その行動が過剰になると、同じ部位を繰り返し舐め続けることで被毛が抜け、結果として脱毛が生じます。これを「心因性脱毛」と呼ぶこともあります。脱毛は前肢や腹部、内股など特定の部位にみられることが多く、痒みや発赤などの炎症所見を伴わない点が特徴です。
また、他にも下痢嘔吐などの消化器症状、食欲低下、問題行動などもパンドラ症候群の際に見られる場合があります。
︎診断

パンドラ症候群の診断は非常に難しく、実際に動物病院で初めからパンドラ症候群と診断されることはほとんどないのが現状です。
その理由として、パンドラ症候群と診断するためには他の病気を全て否定しなければならない事があります。そしてその後に、猫の生活歴を詳しく聞いていき、家庭での生活環境を評価し改善策を考えます。
生活改善を行った結果、これらの症状が落ち着けばパンドラ症候群であったと、後から診断されます。
︎対処法

パンドラ症候群では、薬が用いられる場合もありますが、基本は生活改善による対処が最も有効です。
どの点を改善するかはその猫のストレス源が何かにもよるので一概には言えないですが、この記事では猫の慢性的なストレスの原因として多いと感じる2つのパターンの対処法をご紹介します。
多頭飼いでのストレスを無くす
多頭飼いでは、飼い主さんが気づきにくいストレスが生じやすくなります。
一見仲が良さそうに見えても、猫同士の距離感や力関係の中で、静かな緊張が続いていることは少なくありません。
そのストレスを予防するために大切なのが、「猫の頭数+1」の環境づくりです。
具体的には、トイレの数・ベッドや休息場所の数・爪とぎの数・食事場所や水飲み場、これらを「猫の頭数+1」用意することが理想的とされています。これは、資源を取り合わなくていい環境をつくるためです。
また、多頭飼育では、物の数だけでなく「配置」も重要です。
トイレへ向かう動線・水飲み場への動線•食事場所への通り道、これらの途中で、苦手な猫と鉢合わせする構造になっていないかを確認しましょう。
もし動線上に緊張関係のある猫がいる場合、弱い立場の猫はトイレを限界まで我慢し、水を十分に飲まなくなり、活動範囲を狭めます。その結果、膀胱炎などの下部尿路疾患を引き起こす大きな要因となることがあります。
トイレの見直し
猫にとってトイレの場所は最も重要です。
猫にとって排泄時は最も無防備で、すぐに逃げられない状況です。そのため、猫は絶対に安全と思う場所でしか排泄をしません。
洗濯機の近く、乾燥機の近く、風で閉まりやすい扉の近く、キッチンの近く、人通りが多い場所、道路に面した場所などは、刺激が多く猫が安心できないので、トイレを置くのは避けましょう。
猫が最も長く過ごす場所を「コアエリア」と言い、猫はここで1日の75%の時間を過ごします。
私たちもトイレが遠くて行きにくい場所にあると、行くのが億劫になりますよね。猫も同じで、トイレが遠い場所にあると排泄を我慢して膀胱炎になる恐れがあります。
トイレはなるべく「コアエリア」内に設置し、トイレに行くまでの経路に障害物がないかも確認しましょう。
そしてトイレの大きさは猫の体が頭から尻尾の先まで十分に収まる大きさにしてあげましょう。
︎まとめ

パンドラ症候群は単純に、環境が悪いからだけで起きる病気ではありません。
しかし虚弱体質や神経質がある猫において、環境ストレスはパンドラ症候群の引き金になり得ます。
つまり予防には、子猫の時から全ての猫への環境エンリッチメントが重要と言えます。
今一度猫の目線に立ち、生活の中で危険や不安、不便を感じる場面はないか、日常的に行う動作の一つ一つをシミュレーションして考え、改善する事が大切です。