魔女と言えば黒猫と言われるのはどうして?
魔女のパートナーが黒猫と言われるようになった経緯には諸説ありますが、一説としてこのようなものがあります。
始まりは古代エジプトの「バステト」信仰
元々、古代エジプトでは猫の神様である「バステト」という女神が信仰されていました。この神様は猫の目が暗がりで光ることなどから、闇に浮かぶ月に結び付けられていたようです。
信者の集会で行う異様な儀式
やがてバステト信仰はギリシャ、ローマに伝わり、「ルナ」「ディアナ」「ヘカテ」など新たな月の女神に姿を変えていきました。この月の女神を信じる人達は年に4回ほど深い森の奥や、洞窟などにこもり信者の集会を開きました。
この集会では猫などの動物をまねた皮や仮面をまとい、一種の目に見えない世界とのシャーマン的な交信のためか、ホウキに薬を塗ってまたがるなどの儀式を行いました。
「バステト」信仰はキリスト教の教えに反する
このような儀式は周囲の市民には隠れて行う得体のしれない不気味なものと映っただけでなく、当時かなり広まっていたキリスト教の教えに反するとされました。
また、そこには得体がしれないというだけでなく、人々の自分と違う信仰をする人を許さないという深層心理もあったようです。こうして元々、エジプトの神様であったバステト信仰は、キリスト教の教えを信じず神に背く行為だという都合のいいイメージに書き換えられました。
黒猫が邪悪とされた理由
また、この信仰のシンボル的存在であった猫はもちろん、特に黒猫はその色が闇にまぎれることからも特に邪悪で魔女のパートナーであるとされるようになったとされています。
黒猫の暗い歴史
このようにして魔女と黒猫は特にヨーロッパなどの西洋社会では不吉、異端などのイメージを持つようになりました。
中世の魔女狩り
人々は中世頃になると魔女狩り(実際はそうではなかったことも多かった)を行うようになり、魔女であると疑う人達を処刑し、その際にはたくさんの猫や黒猫も犠牲になりました。
魔女狩りの対象となる人達は、ただ猫や黒猫を飼っているだけの罪のない人にも及んだとされます。
現在も残る魔女と黒猫の迷信
このような魔女や黒猫に関する疑いや処罰は現代では失われたように思えます。しかし実際には一部の国や地域では現在も魔女とされる人や黒猫に対しての暴力的とも言える残酷な行為は続いています。
例えばイタリアなどでは黒猫は未だ不吉であるとされ、年間に6万匹ほどが命を奪われており、動物愛護団体が問題提起しています。しかし近年では、11月17日を「黒猫の日」と制定し、黒猫の迷信を振り払うための活動もされているとか。
昔の悪い習慣また、アフリカやインドなどの一部地域でも魔女とされる女性や子供に対しての暴力が行われています。魔女と黒猫の歴史は遠く過ぎ去ったものではなく、人間の心の闇を映し出す現在も存在する負の一面なのです。
まとめ
いかがでしたか?黒猫と魔女の歴史はかなり古い起源を持つようですね。
黒猫に関しては罪のない命が奪われたという悲しい歴史もありますが、現代においても人間が向き合わなくてはならない問題であると言えるでしょう。