ネズミ駆除や毒ガス攻撃の感知に

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第一次世界大戦中、西部戦線に沿って張り巡らされた塹壕には推定50万匹もの猫がいたといわれています。こうした猫は主にネズミ駆除のために利用されていました。
同時に猫は、塹壕で戦う多くの部隊のマスコット的存在でもありました。兵士たちは食料の一部を猫に与え、猫は見返りに兵士たちに甘えてその心を慰めました。主に兵士たちの宿舎の周りで過ごしながら、猫たちは戦闘の合間に兵士たちの遊び相手となっていました。
しかし悲しいことに、猫たちは敵の「毒ガス攻撃」を感知する「炭鉱のカナリア」のような存在でもあったのです。毒ガス攻撃の影響をほぼ即座に受けるため、兵士たちは猫のようすを見て危険を察知し慌てて装備を身に着け、安全な場所へと避難しました。こうした化学兵器によってどれだけの猫が命を落としたかは定かではありませんが、猫たちの犠牲が数え切れないほどの兵士の命を救ったのは確かです。
休戦中の「メッセージ交換役」にも

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猫たちはまた、戦闘地域を自由に横断することができました。1914年のクリスマス休戦のときは、戦闘に疲れた多くの兵士が両陣営の「平和と友好」を願いました。そこで彼らは、自由に歩き回る猫たちの首輪にクリスマスのメッセージを結びつけ、敵の陣地まで届けました。猫たちは受け取った敵兵から餌をもらうこともありました。
しかし猫が運ぶこうしたメッセージを、問題視する幹部もいました。あるときフランス軍将校はFelixという名の猫を捕らえ、法廷に引き出しました。悲しいことに、「平和と愛のメッセージを餌と引き換えに届けようとした」この猫は、反逆罪で有罪になり銃殺刑に処されてしまったのです。
敵から目をそらす活躍も

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塹壕の猫が兵士の命を救ったこともあります。
ベルギー軍第3砲兵連隊のLekeux中尉は、ある日母猫を亡くした赤ちゃん猫たちを見つけて懸命に看病しましたが、残念ながら生き残ったのは1匹だけでした。彼はその猫をPitouchiと名付けて可愛がりました。Pitouchiは中尉の行くところならどこへでもついて行き、塹壕が濡れているとその肩に飛び乗ったりして、彼にとても懐いていました。
ある夜、中尉がドイツ軍の陣地をこっそり偵察して地図に書き込んでいる最中に物音を立ててしまい、敵兵に見つかりそうになりました。
ドイツ兵たちは彼が潜んでいる砲弾の着弾跡を包囲してしまい、中尉は身動きが取れなくなってしまったのです。逃げれば射殺され、このまま見つかれば銃剣で刺されるのは確実でした。
すると突然、Pitouchiが中尉の肩から飛び出していきました。ドイツ兵は気づいて発砲しましたが、猫はうまく避けて逃げたのです。
彼らは「物音は猫の仕業だったのだ」と考え、捜索を諦めて去っていきました。こうしてLekeux中尉は、やがて戻ってきたPitouchiとともに、完成した地図を抱いて無事に脱出することができたのです。
出典:
・Why cats were the perfect companions in the trenches of WWI
・Cats of World War 1